座席と通路は共有物

連載 恥ずかしくないコンサート・マナー、改めて見直してみると……。Vol.2

text:池田卓夫

期待に胸を膨らませ、コンサートホールやオペラハウスに出かけても、演奏が始まると隣の人の動きが気になったり、音楽以外の雑音に悩まされたりした経験、誰にでもあると思います。私たちにはステージを「観る」意識しかありませんが、同時に、周囲から「観られている」存在でもあります。マナーは学校で教わるのではなく、個人個人の気配りの積み重ねによって、会場全員が心地いい時間を共有する「たしなみ」のようなものです。違反の多くは、「つい」「うっかり」から起こります。今さら「言わずもがな」と思いつつ、改めてトラブルの典型と、それを回避するマナー、エチケットのあり方をご一緒に考えてみませんか?

1)ドレスコードと匂い
2)飴ちゃんたちの哀しみ

3)座席と通路は共有物
生まれて初めて、ドイツでオペラ鑑賞を体験したとき、上演の素晴らしさと同じくらい、開演前や休憩後の観客のマナーに感銘を受けました。ミュンヘンのバイエルン州立歌劇場やバイロイトの祝祭劇場の平土間(1階席)は中央に通路を設けず、客席は横1列切れ目なしです。お客様は真ん中まで全員がそろうまで皆、立ったまま談笑しています。座席と座席の間は「通路」という概念が浸透しているらしく、通行の妨げとなる手荷物や衣類を下に置く人はいません。最後の1人の到着を確認して一斉に着席、演奏を待つ間も社交は続きます。休憩時間には全員が退席、ロビーや屋外で思い思いに話の花を咲かせ、ワインや軽食を楽しんでいる間、客席を閉鎖する劇場もまだ、多いようです。開演ベルが鳴ると三々五々に客席を目指し、再び列の全員がそろうまで立って待ちます。

日本はどうでしょう? いちど座ったら最後、そこより中央寄りのお客様が「すみません」「失礼します」「恐れ入ります」と声をかけても、立ち上がって通す人は完全に少数派です。しかも消防法で規定されている「通路」との意識もないため、手荷物だけでなく、ホール・劇場へ来る途中に立ち寄った百貨店や専門店の手提げ袋まで、あたかも護岸の土のうのように並べている人も。不用意に踏んだり、蹴っ飛ばしたりしたら、猛烈な剣幕でにらまれるのです。冬場は分厚いコート、雨の日は傘がそこに加わり、通路は大渋滞をきたします。まず荷物やコートはクロークかコインロッカーに預ける、傘は傘立てに置く…あたりから、身軽な着席を心がけましょう。中へ入る人が現れるたびに立ち上がるのは血行改善にも、足腰の衰え防止にも役立つので、実行して損はありません。

列の全員が何とか着席を終えると、次は「肘掛け争奪戦」です。ホール・劇場の椅子の肘掛けは文字通り肘を置くよりも、隣席との仕切りとして機能しています。残念ながら、「早い者勝ち」と言わんばかりに両腕をしっかりと乗せ、「隣人に譲ってなるものか」と強いオーラを放つ(主に)男性客は多いですね。そういう人に限って、自分の座席の幅よりも大きく両脚を広げています。肘掛けは仕切りと同時に、身体の可動範囲も規定しているのです。面と向かって注意すると、「私は身体が大きいから」「古いホールで座席が狭い」と必ず言い訳をなさいますが、お相撲さんでもない限り、ちょっとした姿勢の改善で、身体はちゃんと収まります。むしろ、きちんと収めた方が、鑑賞後の疲労は少ないようです。

もちろん、いくら枠に収めても、前のめりの姿勢で鑑賞しては後ろの人に迷惑ですから、背中はきちんとクッションに当てましょう。長時間固定された姿勢をとると、いわゆるエコノミークラス症候群(静脈血栓塞栓症)のリスクも懸念されますが、演奏中に軽くかかとを上下する、両ひざを合わせたり離したりする、腹式呼吸でリフレッシュする…といった、ごく簡単な運動でかなりの改善が見込めます。かかりつけの整形外科の理学療法士さん、ジムのトレーナー、整体師さんたちに聞くと色々、教えてくれますよ。

Profile
池田卓夫(Takuo Ikeda)

1958年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、日本経済新聞社に入社。88〜92年のフランクフルト支局長当時、「ベルリンの壁」崩壊や旧東西ドイツを現地から報道した。93年に文化部へ転じ、95〜2011年は同部編集委員。その後、デジタル編集本部を経て、フリーランスとして活動。音楽執筆(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗)、プロデュース、解説MC、コンクール審査などで活動する予定。12年に会津若松市で初演(18年再演)したオペラ《白虎》のエグゼクティブ・プロデューサーを務め、三菱UFJ信託芸術文化財団の佐川吉男賞を受賞。東京都台東区の芸術文化支援制度アートアドバイザーも務める。