シャウリス、ヴァン・ブロス、カヴァラ | 戯言ゴルトベルク変装曲集 Goldberg Variations 第2回

text:四方善郎

最初はピアノからいきましょう、とのことで、今回もピアノでの演奏によるゴルトベルク変奏曲をリストアップする。推薦盤というより、私が繰り返し聴いている盤と言った方が正しいかもしれない。ゴルトベルク変奏曲は聴くポイントが人それぞれで、好みが多方面に分かれるのも面白いところだろう。

◆ゾラ・マエ・シャウリス
Zola Mae Shaulis (piano)
収録時間:36:02 / 収録年:1971.03.24-27 / レーベル:D.Grammophon / 品番:2555 003(LP)

“永遠のアイドル”などと言うと陳腐になってしまう。ゾラ・マエ・シャウリスのゴルトベルク変奏曲のLPは私が中学生の頃に我が家にやってきた。ドイツ・グラモフォン・デビューシリーズの1枚。亡き父が新譜で買ってきたものだが、その頃からただならぬ存在となった。しかし、残念なことに数年後には音楽シーンから忽然と消えてしまう。当時から宣言していたようだが、ピアニストとして生きることを選ばず、家庭に生きることを決意したシャウリス。そのためアルバムもゴルトベルク変奏曲の他に、世間から脚光を浴びる端緒となった1971年ナウムバーグ賞受賞時の録音、1976年の『バッハ:トッカータ集』の3枚しか残していない。繰り返しなしで一気に駆け抜ける演奏はじつに小気味よく、今でも時折無性に聴きたくなる。“一音一音がキレイに整理されている演奏”を初めて実感したのもこれだ。そしてグレン・グールドへのオマージュさえ感じる。これは可能であればタワーレコードさんあたりでぜひCD化して欲しい1枚だ。

◆ニック・ヴァン・ブロス
Nick van Bloss (piano)
収録時間:64:32 / 収録年:2008.06.06-08 /
レーベル:Nimbus Alliance / 品番:NI-6136(CD)

ニック・ヴァン・ブロスは1967年生まれのイギリスのピアニストで、ゴルトベルク変奏曲は2008年に収録、2011年にCDリリースされたアルバム。演奏や表現については好き嫌いが分かれるだろうが、音楽への入り込み方に好感が持てる演奏家だ。体格も良く、さぞや手も大きいのだろう。それが演奏からしっかりと伝わってくる。低音域でオクターブにするのも余裕だろう。バッハらしくないと言う向きもあるだろうが、速いパッセージでの鮮やかな駆け抜けに惚れ惚れする。なお、トゥレット症候群のため15年間ステージに立つことができなかったものの奇跡的なカムバックを果たしたピアニストでもある。ピアノを弾くとチックは起きない…。この話に触れ、音楽の効用やチカラについて改めて考えてみるのだった。

◆ブロニスワヴァ・カヴァラ
Bronislawa Kawalla (piano)
収録時間:52:04 / 収録年:1989 /
レーベル:Muza / 品番:PNCD055(CD)

ブロニスワヴァ・カヴァラは1943年生まれのポーランドのピアニストで、モニク・アース、フィリップ・アントルモンに師事、1975年にはアメリカ・ワシントンで開かれたバッハ国際コンクールで優勝している。現在は、演奏活動の傍らワルシャワ音楽院の教授を務め欧米各国で教鞭をとり、日本へも招聘されて個人レッスンなどを行なっている。1990年にリリースされたこのゴルトベルク変奏曲は新世界レコード社が輸入し流通させているので日本へも数が入ってきたことだろう。ショパンを得意とするピアニストと言われているが、このバッハもたいへん明確明晰なしっかりとした演奏だ。バッハの旋律ラインを美しく弾くところが好印象で、聴いていて安堵感を覚える。今ではスタインウェイ・アーティストに名を連ねているが、この時のゴルトベルク変奏曲ではベヒシュタインを弾いている。ブゾーニ編の片鱗もみせるので、当時は校訂者としてはあまり拘らなかったのかもしれない。私はゴルトベルク変奏曲から30年近く時を経た2018年に『ショパン曲集』(DUX Recording Producers / DUX1419)で再会した。30年間の積み重ねと円熟を感じる演奏に、音楽こそ、演奏家の人としての生業だと痛感し嬉しい気持ちになる。こちらも推薦盤だ。

Profile
四方善郎(Yoshiro Shikata/Pooh’s Hoop)

デジタル映像製作に特化したシステム・インテグレーターおよびコンサルタント。ゴルトベルク変奏曲だけでなく、バッハの音楽、鍵盤楽器の音楽、サックス・アンサンブル、ピグミー族の音楽などに心酔するが、音楽のジャンルの分け隔てはあまりなく、クラシック、ジャズ、ロックから演歌、自然音、さまざまな営みの音まで音盤や録音を中心に楽しみながら日々を過ごしている。ハノンはコンテンポラリー音楽にしか聴こえない。ミニマル音楽は変奏曲にしか聴こえない。音楽趣味が高じて2012年より音楽レーベルPooh’s Hoopを立ち上げる。