ブラッド・メルドーの現代性 | クラシック・ファンのためのJazz入門 第2回

text:藤本史昭

前回、ブラッド・メルドーは積極的にクラシック音楽にコミットしている、と書きましたが、そういう彼の傾向は、最初から露わになっていたわけではありません。むしろこの人は、レディオヘッドのナンバーを好んで取り上げたり、現代ロックのビートを大胆に導入したり、要するに“今”の音楽シーンを体現するピアニストとしてまず注目されたのでした。

しかしながら、そういう演奏の中にも、メルドーがクラシックから大きな影響を受け、深い敬意を抱いていることは明らかでした。ソノリティを重視したデリケートなタッチ。デビュー当時からのトレードマークである対位法的な奏法。昏い叙情性。以前インタビューした時、僕は試しに「グールドの弾いたブラームスの間奏曲集、知っていますか?」と尋ねたのですが、果たして彼は「もちろん。恥じらいを湛えた演奏だよね。愛聴盤だよ」と、少しうれしそうに答えてくれました。

とはいえ、2006年に彼がルネ・フレミングとのデュオ作『ラヴ・サブライム』を発表した時はさすがに驚きました。いきなりクラシック界を代表するディーヴァとコラボかよ、と。しかもここでやっているのは、ジャズのスタンダードとかではなく(ご存知の通りフレミングは時折ジャズも歌います)、リルケやルイーズ・ボーガンの詩にメルドーが曲をつけた自作曲で、フレミングは完全なクラシック・マナーで歌っているのです。

アンネ・ゾフィー・フォン・オッターと共演した『ラヴ・ソングス』もそう。これはメルドーの書き下ろし曲の他に、ジョニ・ミッチェルやミシェル・ルグラン、レノン&マッカートニーなどのナンバーも取り上げられていて多少はカジュアルなのですが、それでもオッターは過度にポピュラー・テイストに傾くことなく、確固たる自分のスタイルを貫き通しています。

これらの作品に共通するのは、クラシックやジャズの大物が「ちょっと別のジャンルもやってみました」というのとは次元の違う、創造に対する本気度、果敢さです。結果出現したのは、ジャズともクラシックとも分類できない、しかしとびきり刺激的な音楽。これは、ジャンルの境界がゆるゆるになりはじめた21世紀だからこそあらわれ得た音楽といえるかもしれません。

この行き方は2018年に発表された『アフター・バッハ』も同様です。ざっくりいうとこれは、バッハの平均律(のうちの何曲か)と、それをモチーフにした変奏──それは基本的には“書かれたもの”ですが、即興も多分に含まれています──を並べて弾いたもので、純粋なジャズとはいい難い作品ですが、しかしだからこそそこにはメルドーの宿した現代性が端的に示されていると思うのです。

たとえばキース・ジャレットであれば、こんなことは絶対自分に許さないでしょう。彼は、クラシックはクラシックとして厳しく尊重し、それを弾く時もクラシックの奏者として接する、作曲家が精魂込めた曲を解体するなど言語道断、というタイプの音楽家ですから。しかしメルドーには、こういう頑なさは希薄です。誤解を恐れずにいえばそこには、クラシックだからといって特別には崇め奉らない、ジャズやロックと等価に見なす客観性というか、冷静な眼差しが感じられます。

この“醒めた感覚”は、おそらく現代の若いアーティストの多くが共通して持っているものです。一見スマートに見えるこの感覚は、しかし軽さ/浅さにもつながる諸刃の剣でもあります。けれどメルドーには、そういう軽さ/浅さは微塵もありません。それどころかこの人の演奏は、バド・パウエルやセロニアス・モンク、ビル・エヴァンスといった過去の巨人たちに共通する狂気すらまとっているような気がします。覚醒と没我、静と凶、の相克がもたらす緊張感。それがあるからこそメルドーの現代性は、稀有な訴求力を有した表現になるのだと思います。

と、ここまで書いてきたところで、彼の新作情報がアナウンスされました。1曲だけ試聴できるので聴いてみたら、これがまた今までと全然違う音楽。なのにメルドーらしさはしっかり残っているという…いったいこの人の頭の中はどうなってるんだろうと、深い溜息をついているところであります。

[紹介アルバム]
ソングス:アート・オブ・ザ・トリオ vol.3/ブラッド・メルドー
当時のレギュラー・メンバーで、ピアノ・トリオによる表現の可能性を追求したシリーズの第3弾。オリジナル、スタンダードの他、レディオヘッドの〈イグジット・ミュージック〉やニック・ドレイクの〈リヴァー・マン〉を取り上げている。深く沈潜していくようなダークなリリシズムがたまらない。

ラーゴ/ブラッド・メルドー
ロック/ポップス・フィールドで活躍する鬼才ジョン・ブライオンがプロデュースした問題作。プリペアド・ピアノ、木管アンサンブル、ロック・ビート、ミキシング操作、なのにオーヴァー・ダブなしの一発録り、等々斬新な試み満載で、発表当時賛否両論を巻き起こした。個人的には彼の作品群中5指に入る傑作と認定。

ラヴ・ソングス/アンネ・ゾフィー・フォン・オッター&ブラッド・メルドー
2枚組で、Disc1はメルドーのオリジナル(ジャズにあらず)、Disc2はオッターお気に入りのポピュラー系ナンバーを集めた構成。2枚目のほうが取っ付きやすいが(ルグランの〈マクソンの歌〉なんてホント素晴らしい!)、作曲家としてメルドーの才能がオッターの歌唱と美しく呼応した1枚目も聴き応え十分だ。

アフター・バッハ/ブラッド・メルドー
バッハの原曲を弾いたパートの見事さにも舌を巻くが、やはり本領はその原曲をモチーフにした変奏部分。変拍子、対位法的即興、拗れたブルース・フィーリング、陰鬱なロマンチシズム、デモーニッシュなカタルシス…様々な手法と独特の感覚を駆使して繰り広げられるそれは、バッハ・アダプテーションの可能性を飛躍的に拡張させた。

この記事を書いた人

藤本 史昭(Fumiaki Fujimoto)

1961年、宮崎市生まれ。大学卒業後クラシック音楽専門誌編集部に入社しカメラを始める。1991年からは『スイング・ジャーナル』誌ディスク・レビュアーを担当。以降ジャズ誌やwebマガジンの記事、CDのライナーノーツを多数執筆。現在は『JaZZ JAPAN』誌に寄稿する一方で、クラシック音楽関連の写真家としても活動している。共著に『200DISCS ブルーノートの名盤』『菊地成孔セレクション〜ロックとフォークのない20世紀』(いずれもGakken)、『文藝別冊 セロニアス・モンク』『文藝別冊 チャーリー・パーカー』『文藝別冊 ジョン・コルトレーン』(いずれも河出書房新社)等がある。