宮本文昭 ロングインタビュー 第2回(全3回)

<おしらせ>
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interview & text:オヤマダアツシ
photos:野口 博

若い頃の挫折を経てドイツのオーケストラへ加入し、キャリアを積み重ねる毎日。その陰には齋藤秀雄やヘルムート・ヴィンシャーマンといった恩師の教えがあり、若い奏者たちを教える立場となった今なお、多大な影響を受けているという。その奥義とは、どのようなものなのだろうか。

シューベルトの歌曲からオーボエの語り口を学ぶ

──ドイツへ留学し、ヘルムート・ヴィンシャーマンに師事されていますが、多くのことを伝授されたと思いますけれど、どういったことが印象深かったでしょうか。

オーボエのすべてを教わったような気がしますけれど、特にアーティキュレーション、言葉を話すように吹くことの大切さについてはかなり細かく言われました。レガートはレガートらしく吹くことや、スラーがあるかないかのコントラストを明快にすることの大切さなど、楽譜上の指定についてはっきりと細かく差をつけないと語っていることにはならないよ、ということです。それができた上で音楽の全体を俯瞰し、曲の設計や流れについても把握しなくてはいけない。そんなことはプロになるべき音楽家なら当たり前のことですけれど、すべてを論理的に、冷静に、巧妙に、精緻に考える能力を身に付けないといい演奏はできませんし、勢いに任せて吹くようになってしまうんです。だから僕はレッスンでも「もっと美しく歌って」というような漠然とした教え方は絶対にしません。

──言葉を話すようにとは、どういう訓練をされるのでしょう。

こういうことがありました。あるときヴィンシャーマンに呼ばれて行くと、違う歌手が歌ったシューベルトの「冬の旅」のレコードがあるんです。同じ曲の同じ箇所を聴いてから「フミ、今のはどこが違う?」と。違いを挙げたらたくさんありますが、ヴィンシャーマンは「一方はこの世界観をポジティヴに捉えていて、もう一方はネガティヴに感じているね。同じフレーズを比較すると、気楽な気分で歌っているのか真剣に歌おうとしているのかも違うし」といったことを教えてくれるわけです。もっと細かいことをいえば「Das」という単語を、一方の歌手は流れるように柔らかく歌っていて、もうひとりの歌手は「D」の音を、舌が離れる瞬間が聞こえてくるほど明快な発音にこだわっている。

ヘルムート・ヴィンシャーマン先生と

──印象はかなり違うでしょうし、同じ詩でも異なる心情や解釈ができそうですね。

どちらがいいか悪いかではなく、曲や世界観に対する見解が明確で、発音の瞬間にすべてが決まってしまうということです。オーボエでも、そういった明快な発音について考えながら作り上げていかないと、絶対にいい音楽は生まれないんだということですね。バッハの宗教音楽もヴィンシャーマンの横で何度も吹きましたから、同じように言葉・歌詞とオーボエについて学ぶことは多かったです。たとえば前奏でオーボエがメロディを吹き、そのあとに歌手がアリアなどを歌う際、ヴィンシャーマンはどうすれば歌がよく聞こえるか、歌詞がお客さんに伝わるかについて考えなさいと。そのために、前奏部分などではあらゆる技術を駆使しながら言葉が付いているように吹いて、歌が始まったときに「あっさりしていて聴きやすいな」と思わせることも大事だし、オーボエのオブリガートが添え物のようになっちゃいけないとも言っていました。あの人は、横で吹いているといきなり「フミ、次の曲からは君が1番を吹いて」と言ってくるので気が抜けませんでしたけれど、自分は楽器を置いて合唱団と一緒にコラールを歌い出すこともあって、本当にバッハの音楽が好きなんだなと思いました。

半世紀たっても忘れていない 齋藤秀雄先生のレッスン

──そういった教えは、今でも生徒さんたちに伝えていますか。

言葉をしゃべるように演奏するということでいえば、いい歌手による歌曲をちゃんと聴いて自分で分析しなさいということは言いますね。演奏だけではなく、目的に合ったリードの作り方や、できあがったリードで吹かせて音を出すことの意味を考えさせ、きちんとコントロールできるような呼吸法なども教えます。息をきちんと吐いて、吸って、止めてという基礎的なことも、毎日飽きるほど練習しないと身体の中に刻み込まれないし、それを習得した上ではじめて自由に演奏ができますから。音の吹き出しも「T」の発音で始めるのか「D」なのか「N」なのかといったことをしっかり考えながら演奏できれば、いろいろなフレーズに応用できるので、表現の持ち駒が増えることになるでしょう。指を動かす練習より、そういった繊細な発音を試したり習得するほうがずっと大事です。

──そういった宮本さんの教え方や、音楽の作り方の根源はどこにあるのでしょうか。

高校生のときにたった一度、3時間くらいしてもらった齋藤秀雄先生のレッスンですね。当時の桐朋学園は弦楽器が主体でしたから、オーボエを吹いている高校生なんて相手にしてくれない。ところがあるとき、大学生の先輩たちに混じってヨハン・クリスティアン・バッハの曲を演奏することになり、その曲は第2楽章が、どういうわけか協奏曲のように最初から最後までオーボエのソロなんです。このチャンスを逃したら、このまま一度も齋藤先生のレッスンは受けられないと思い、思い切ってお願いしたんです。

──やはり物が飛んでくるなど、怖いレッスンでしたか。

全然そんなことはなかった。「自分は演奏できないからオーボエなんて教えられない」なんていうことはおっしゃらず、レッスンにうかがったら、チェロを構えて待っているわけですよ。どうやって教えてくれるのかと思ったら、チェロを弾きながら「いいかい、ヴィブラートのかけ方はこう。よく見ておきなさい」とおっしゃって「弓のスピードは息のスピードと同じだから、よく弓を見なさい」といった、楽器を超越して音楽をどう構築していくかというお話しばかりでした。今でも生徒たちを教えるときに「楽器の演奏ではなく音楽を教える」と思ってやっていますが、あのときの齋藤先生の教えそのものです。

──ヴァイオリニストである娘さん(笑里さん)にも、同じ教え方をされましたか。

同じでした。ヴァイオリンの構え方なんかは教えられないけれど、音楽のことについては管も弦もありませんから。そういえば、二度目のドイツ留学から一時帰国して東京文化会館でリサイタルをしたとき、齋藤先生がお弟子さんだった藤原真理さんと一緒に会場へいらしたんです。終演後に「先生が呼んでいる」というのであわててロビーへ行ってみたら、もうこんこんと説教されるわけ。「君の情熱はわかるけれど、今日の音楽はステーキとトンカツとエビフライとビーフシチューを一度に食わされたようなものだ。音楽っていうのは配置と分量が大事なんだから、お客さんはあれじゃまいっちゃうよ」なんておっしゃる。たしかに僕も、途中でお新香を出す余裕はなかったから反省しきりでしたけれど、みんな齋藤先生がおっしゃっていることへつながるんですよね。

第3回につづく
*第3回(最終回)は、ジャズやポップスの演奏とクラシック、特にマーラーとの、意外な関係についてうかがいます。

第1回「挫折を味わってからの再起、『ロッキー』のような減量も」


profile
宮本文昭(Fumiaki Miyamoto/音楽家)

1949年東京に生まれる。18歳でドイツにオーボエ留学後、エッセン・フィルハーモニー管弦楽団、hr交響楽団、ケルンWDR交響楽団やサイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管弦楽団などの首席オーボエ奏者を歴任し、ソリストとしても世界的に活躍。2007年にオーボエ演奏活動 を終えた後も、自らプロデュー スするオーケストラ MAP’S を主宰し指揮活動を始める。20 12年 4月より東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の初代音楽監督に就任し、2015年3月に任期を終えた。現在は、東京音楽大学器楽科オーボエ専攻教授として後進の指導にあたる一方、複数の音楽コンクールの審査員を務めている。


information

指揮者・宮本文昭、1日だけ復活!
東京音大の教授陣や卒業生、愛弟子たちなどが集まる木管アンサンブルが素晴らしいモーツァルトなどを聴かせる(学生のみならず一般音楽ファンも入場可)。

東京音楽大学 創立111周年記念演奏会シリーズ
「木管ソロ・室内楽 演奏会」

2019.6/30(日)15:00
中目黒・代官山キャンパスTCMホール

追加公演
2019.6/30(日)18:30 
中目黒・代官山キャンパスTCMホール

*15:00~公演の短縮版となります。
詳細は後日、下記ウェブサイトにて発表予定。
https://www.tokyo-ondai.ac.jp/cms/wp-content/uploads/2019/06/111woodwind.pdf

出演/
◎R.シュトラウス:13管楽器のためのセレナード
指揮:宮本文昭 Fl:相澤政宏 中野真理 Ob:吉村結実 篠原拓也 Cl:四戸世紀 永和田芽衣子 Fg:水谷上総 小林佑太朗 Hr:水野信行 西本 葵 木川博史 勝俣 泰 Cb:星 秀樹

◎ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ ト短調
Fl:工藤重典 Pf:大堀晴津子

◎W.A.モーツァルト:セレナード第10番「グラン・パルティータ」
指揮:宮本文昭 Ob:吉村結実 篠原拓也 Cl:四戸世紀 永和田芽衣子 Bst-hr:松本健司 日下翔太 Fg:水谷上総 小林佑太朗 Hr:木川博史 勝俣 泰 水野信行 西本 葵 Cb:星 秀樹

CD『Fumiaki Miyamoto』
SICC-700
ソニーミュージック ¥3000+税