バッハをめぐるジャズ(1)| クラシック・ファンのためのJazz入門 第3回

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text:藤本史昭

前の回でご紹介したブラッド・メルドーの『アフター・バッハ』もその一例ですが、クラシックの作曲家の中でも特にバッハはジャズと相性がよろしいようで、多くのミュージシャンがその楽曲をカヴァーしています。

では、なぜ相性がいいのか。

理由の1つは、バッハの音楽の多くが、踊りのために書かれているということです。踊りのためということは、テンポが一定であるということ。つまり、等速ビートにのせてスウィングしていくのがその醍醐味の1つであるジャズとは、必然的に親和性が高くなるというわけです。……と自慢気に書いていますが、残念ながら実はこれ、僕の発見ではなく、故・吉田秀和氏が本の中で書かれていることなんです。いや、さすが。よくグールドやアルゲリッチのバッハは、グルーヴがあってジャズっぽいといわれますが、それはこの論考を逆のほうから証明しているといえるでしょう。

ついでにもう1つ、吉田さんの論から借用すると、バッハの音楽でもっとも後回しにされた要素は“音色”だった、と。だから彼の作品には、楽器の指定のないものもたくさんある。裏を返せばこれは、バッハの音楽が、どんな楽器、あるいはどんな編成で演奏されても微動だにしない強靱さを有しているということになるでしょう。これもまたバッハがジャズでよく取り上げられる大きな要因かもしれません。

さて、それではバッハをめぐるジャズにはどんなものがあるか。

やはりいの一番に思い浮かぶのは、今年(2019年)3月に亡くなったジャック・ルーシェの「プレイ・バッハ」シリーズでしょうか。この人はパリ国立高等音楽院(音楽・舞踊学校)でイーヴ・ナットについて勉強したバリバリにクラシック畑の人ですが、在学中から学費を稼ぐためにバーでジャズを、それもバッハを編曲したジャズを演奏していたそうです。その延長で、学校を卒業後自身のトリオを組んで『プレイ・バッハ』を発表。これが大ヒットし、ルーシェの名は一躍音楽シーンで知られるようになり、2弾、3弾とバッハに特化した作品を連発したのでした。

しかしながらこのプレイ・バッハ、今の耳できくと、ウーン?という印象も拭えません。たしかにリズムは4ビートを使っているし、それなりに即興演奏もあってアレンジも洒落ているのですが、どこまで行っても原曲のフェイク(=崩し)の域を出ないという感じがしてしまうのです。
尤も後年のルーシェの演奏は、時代の流行を取り入れつつジャズ化のアプローチも洗練させた独特の味わいがあります。一事を貫いて到達したその境地は、やはり敬意を表するに値するものだと思います。

一方、ルーマニア出身のオイゲン・キケロは完璧にジャズの語法を消化したピアニストです。テクニックもオスカー・ピーターソンもかくや!というぐらいに素晴らしく、守備範囲もバッハのみならずクラシック全般、いやれっきとしたジャズもバリバリ弾いていて、まあひと言でいえばなんでもできてしまう才人です。
ただ、才人にありがちなのですが、この人はちょっとお調子者っぽいところがある。興が乗ってくると演奏が饒舌になり過ぎるきらいがあるし、エンターテインメントに傾きすぎて、音楽のピントがぼやけてしまうことも。

『ジャズ・バッハ』というアルバムがあります。タイトル通りバッハの曲ばかりを集めた作品なのですが、ここでキケロは、バッハ研究家のヴィルヘルム・クルンバッハを起用して、なんとオルガンやチェンバロと共演しているのです。まあおもしろいといえばおもしろいのですが、いかんせんクルンバッハはジャズが専門ではないのでどうしても取って付けた感が耳についてしまう。それ以外のピアノ・トリオのパートが素晴らしいだけに、これはちょっと残念。あるいは先行したルーシェと差別化を図るための戦略だったのかもしれませんが(この少し前にルーシェはバッハ復帰作『デジタル・プレイ・バッハ』をリリースしていました)、普通に演奏しても十分魅力的なのだから、ぜひその線でバッハ・アルバムをもう1枚作ってほしかった……といっても彼もまたすでに鬼籍に入っているので、ないものねだりになってしまうのですが。

ということで、紙幅が尽きてしまいました。次回も引き続き、今度はもう少しディープなジャズ=バッハ作品をご紹介したいと思います。では。

[紹介アルバム]
プレイ・バッハ vol.1/ジャック・ルーシェ
記念すべき「プレイ・バッハ」シリーズの第1作。ジャズの語法を消化しきれていない粗さは散見されるものの、その発想はやはり新鮮。知的好奇心もくすぐってくれる切り口の音楽に、多くの人が飛びついたのも頷ける。クラシックのジャズ・アダプトを語る際に、避けては通れない作品。

デジタル・プレイ・バッハ/ジャック・ルーシェ
マンネリ化を恐れたのか、しばらく自らにバッハを禁じていたルーシェが、1985年、約10年ぶりにリリースしたプレイ・バッハ・アルバム。レパートリーもアレンジも以前とあまり変わらないが、表現の深度は格段に増している。あえて「デジタル」と銘打っているところに時代を感じるが、しかし録音も実際に素晴らしい。

ロココ・ジャズ/オイゲン・キケロ
バッハだけで構成されたアルバムではないが、〈神よ、あわれみたまえ〉「マタイ受難曲」より が見事なのであえて取り上げた。とりたてて凝ったアレンジではないものの、それだけにジャズ・ミュージシャンとしてのキケロの才能が浮き彫りになる。途中フーガっぽいアプローチを見せる〈バッハのソフトリー・サンライズ〉もききもの。

ジャズ・バッハ/オイゲン・キケロ
本文中「残念」とはいったものの、やはり非常によく考えられた作品。オルガンやチェンバロをアンサンブルの一部として使いつつ、そのサウンドが存在する意味をしっかりと提示してみせる手腕は、やはり並のものではない。アイディア豊富なアレンジやピアニストとしてのヴィルトゥオジティもたっぷり楽しめる。

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この記事を書いた人

藤本 史昭(Fumiaki Fujimoto)

1961年、宮崎市生まれ。大学卒業後クラシック音楽専門誌編集部に入社しカメラを始める。1991年からは『スイング・ジャーナル』誌ディスク・レビュアーを担当。以降ジャズ誌やwebマガジンの記事、CDのライナーノーツを多数執筆。現在は『JaZZ JAPAN』誌に寄稿する一方で、クラシック音楽関連の写真家としても活動している。共著に『200DISCS ブルーノートの名盤』『菊地成孔セレクション〜ロックとフォークのない20世紀』(いずれもGakken)、『文藝別冊 セロニアス・モンク』『文藝別冊 チャーリー・パーカー』『文藝別冊 ジョン・コルトレーン』(いずれも河出書房新社)等がある。