ロベルト・デ・カンディア(バリトン)

連載 いま聴いておきたい歌手たち 第4回

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text:香原斗志(オペラ評論家)

見た目と違ってエレガントな歌

「人は見た目が9割」という本があった。「人は見た目が100パーセント」というドラマもあった。けれど、やっぱり人は見た目だけでは測れないものらしい。

ロベルト・デ・カンディアというバリトンを、私は1990年代から何度も聴いてきたが、街を歩いているのを見かけるたびに、「彼はエレガンスがわからないから」なんて勝手に決めつけていた。歌がうまいのは知っている。でも、土俵に上がっても違和感がない体型、もじゃもじゃのひげ面、よれよれのTシャツに半ズボン、草履という姿を眺めては、「オペラハウスで仕事をしているのだから、少しは相応しい恰好しろよ!」などと、胸の内で叫んでいたのだ。

転機は昨年11月に訪れた。新国立劇場でヴェルディ《ファルスタッフ》のタイトルロールを歌ったデ・カンディアは、たいていのバリトンが腹に入れる詰め物を入れなかった。十分に腹が出ていて入れる必要がなく、いわば天然のファルスタッフだったのだ。おかげで歌に集中できたのだが、するとどうだろう。

このオペラは、一つひとつの詩句に音楽が細やか、かつ俊敏に応え、歌手はその千変万化する音楽に従って歌の表情を無限に変えていく必要がある。そうはいっても、そんなふうに歌える歌手にはまずお目にかかれないが、デ・カンディアの歌はどの言葉も明瞭で、一語一語に微妙な色彩や表情が加えられ、細かなグラデーションによってニュアンスを醸し出していた。

ファルスタッフという人物自身、締りのない格好をしてはいるが、腐っても貴族。必ずしも見た目どおりではない。デ・カンディアはそれ以上で、締りがない姿かたちからはかけ離れた、徹頭徹尾細やかな歌を聴かせてくれた。

実は、《ファルスタッフ》を観る前にデ・カンディアにインタビューすると、以下のように話していた。これを聞いた時点で、見た目からは想像できないほど知的で、繊細で、高い芸術的な意識の持ち主であることに驚かされたが、語ったとおりに歌ったので、なおさら驚愕したというわけである。

「ファルスタッフという役は伝統的に、語るように歌いすぎて表現にならなかったり、強く歌いすぎてヴェルディが求める色彩が表わせなかったりしがちですが、この役にはピアノからメゾフォルテまで、非常に色彩的な歌唱表現が求められています。それに応えるには、私がベルカント・オペラを歌ってきた経験が大きな助けになります」

柔軟なフィガロとニュアンスたっぷりのヴェルディ

元来、デ・カンディアはロッシーニをはじめ、いわゆるベルカント・オペラを得意としてきた。そして、いまも素晴らしいロッシーニを歌う。過去にデ・カンディアが歌ったロッシーニをいくつか聴き直してみると、表現が考え抜かれ、考え抜いたとおりに歌うためのテクニックが伴っていることに、あらためて気づいた。見た目に左右されすぎていてごめんなさい、ロベルトさん。

ベルカントについては、こんなふうに語った。

「去年、あなたはボローニャで僕がロッシーニの《アルジェのイタリア女》のタッデーオを歌うのを聴いたよね。あの役もすごく柔軟な歌唱が求められ、高音も早口言葉もアジリタも満載です。でも僕は歌える。もう50歳だけど、勉強を続けると同時に、アスリートのように訓練を重ねて柔軟性を維持しているから歌えるんです」

6月20日、22日、24日にボローニャ歌劇場日本公演の《セヴィリアの理髪師》で、デ・カンディアはフィガロ役を歌う。彼がベルカント・オペラのレパートリーをどれだけ巧みに歌うか、そこで確認できるはずだ。

ところで、彼は昨年10月、《リゴレット》のタイトルロールにもデビューしているが、その知的な姿勢には、「ヴェルディはどう歌うべきなのか」という問いへの一つの答えも読みとれる。

「《リゴレット》の(自筆譜ほかの資料を参照し、作曲家の意図に近づけた)批判校訂版の楽譜を読み込んで歌うと、僕らが聴いてきたのとは違う《リゴレット》になります。声を張り上げるのではなく、ヴェルディが要求している色彩を表現することこそが大事だとわかりました。そうやって歌うと攻撃的な人物ではなく、娘への愛情があふれるがゆえに絶望している、内省的な人物像が浮かび上がるんです」

豊かな声を朗々と響かせるのは、ヴェルディの望んだ歌唱ではない。私も以前からそう唱えているが、デ・カンディアはまさにそれを実践している。さて、そんな彼の悩みは?

「僕は横幅も大きいけど、舞台に立てば軽々と動き回れます。ジムに通って息切れがしないように鍛えています。でも視覚的な美しさを優先すると、フィガロのように若者の役などでは、若くてカッコいい青年が、楽譜どおりに歌う力がなくても選ばれたりします。容姿が素晴らしくて舞台映えするけど、歌はほどほどという歌手と、歌は素晴らしいけど容姿はちょっと、という歌手と、あなたはどっちを選ぶ? これは僕には深刻な問題なんだよ!」

Information
ボローニャ歌劇場《セヴィリアの理髪師》
2019.6/20(木)18:30、6/24(月)15:00
Bunkamuraオーチャードホール
2019.6/22日(土)15:00 神奈川県民ホール
出演:アントニーノ・シラグーザ、ロベルト・デ・カンディア、セレーナ・マルフィ 他

*全国公演については下記ウェブサイトでご確認ください。
http://www.concertdoors.com/
http://www.concertdoors.com/concerts_information/


profile
香原斗志 (Toshi Kahara)

オペラ評論家、音楽評論家。オペラを中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や新聞、公演プログラム、研究紀要などに原稿を執筆。声についての正確な分析と解説に定評がある。著書に『イタリアを旅する会話』(三修社)、共著に『イタリア文化事典』(丸善出版)。新刊『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)が好評発売中。

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