ベートーヴェンの真の生誕地と噂される街のピアノ博物館の危機|川口成彦のフォルテピアノ・オデッセイ

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2018年、第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールで見事第2位に入賞し、一躍脚光を浴びた川口成彦さん。現在、アムステルダムを拠点に演奏活動をおこなう傍ら、世界中の貴重なフォルテピアノを探し求めて、さまざまな場所を訪ね歩いています。この連載では、そんな今もっとも注目を集める若きフォルテピアノ奏者による、ほかでは読めないフレッシュな情報満載のレポートを大公開します!


第3回 ベートーヴェンの真の生誕地と噂される街のピアノ博物館の危機
    〜経済と隣り合わせの文化の未来〜

text:川⼝成彦
photos:川口成彦 & Geelvinck Muziek Musea

来年生誕250年を迎えるルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン Ludwig van Beethoven(1770-1827)はドイツのボンで生まれたと言われる作曲家ですが、実は彼は1772年にオランダのズトフェンで誕生したという説もあります。ベートーヴェンには彼と同じ「ルートヴィヒ」という名前の赤子のまま亡くなった兄がいて、その兄の1770年のボンの教会の洗礼証明書を同名のベートーヴェンが引き継ぎ、「ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンは1770年にボンで誕生」ということになりました。そしてベートーヴェン本人は、実は両親が1772年に滞在していたズトフェンで生まれ、彼も生前は「僕は1770年ではなく1772年に生まれたんだよ!」とよく話していました。これらのことを語るのはズトフェンにあるピアノの博物館 Geelvinck Muziek Musea(以後“ヘールフィンク・ミュージアム”と表記)のオーナーの方です。世の中に広まっている「真実」ではなく小さな街で語られる一説が“本当の”「真実」だとしたらなかなか面白いですが、果たして真相はいかに…。ズトフェンの街では「ベートーヴェン・フェスティバル」というものも開催されており、今日でもこの噂は密かに大切にされています。

聖ワルブルガ教会

ハンザ同盟都市の名残りを感じる街の建物

ズトフェンの街の音楽における今日のモニュメントの一つであるヘールフィンク・ミュージアムは2015年に閉鎖したアムステルダムのヘールフィンク・ヒンローペン・ハウス博物館 Museum Geelvinck Hinlopen Huis から拠点が移されて新しく歴史的ピアノの博物館として開館したものです。所蔵する楽器はオランダ最大の歴史的ピアノのコレクションであるスウェーリンク・コレクション Sweelinck Collection の一部を中心にしており、18世紀および19世紀の様々なタイプおよび国籍のピアノたちです。やはりオランダの博物館ならではということでオランダで作られたピアノは大変興味深いでしょう。ブレダの製作家デ・ラウター P. C. N. de Ruijter の1833年のスクエアピアノやアムステルダムの製作家ファン・デア・ドース C. C. E van der Does(1769-1827)の1815年頃のスクエアピアノがあります。

現在のヘールフィンク・ミュージアム

デ・ラウター 1833年製

ファン・デア・ドース 1815年頃

スクエアピアノというのはアップライトピアノやグランドピアノとはまた違ったタイプのピアノで、テーブルのような形状をしています。スクエアピアノは比較的安価で手頃なため家庭用の楽器として広く普及しました。貴族をはじめとする上流階級の人々だけでなく一般市民もピアノに慣れ親しめる時代が築かれていく上でスクエアピアノはとても重要なものでした。またスクエアピアノは作曲家たちにも親しまれていました。18世紀にはロンドンでヨハネス・ツンペ Johannes Zumpe(1726-1790)という製作家がスクエアピアノを一般向けに数多く作りましたが、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ Johann Sebastian Bach(1685-1750)の末っ子でロンドンで活躍したヨハン・クリスチャン・バッハ Johann Christian Bach(1735-1782) はツンペの楽器の広告塔としても知られ、スクエアピアノでのリサイタルも数多く行ったと言われています。また、フェリックス・メンデルスゾーン Felix Mendelssohn(1809-1847)やヨハネス・ブラームス Johannes Brahms(1833-1897)など様々な作曲家もスクエアピアノを自宅に置いていた(時期があった)ので、作曲でも実際に用いていたかもしれませんね。

貴重な楽器を数多く所蔵するヘールフィンク・ミュージアムですが、実は現在閉館の危機にあります。現在のミュージアムの建物はハンザ同盟都市としての歴史があるズトフェンの街の国定史跡に登録されているもので、地方自治体がこの建物を売りに出そうとしているそうなのです。ヘールフィンク・ミュージアムは貴重な歴史的ピアノの保管だけでなく、それらの楽器を「演奏される生きた楽器」として今日でも活かすべく、演奏会や歴史的ピアノの専門家によるマスタークラスなどを度々行ってきました。毎年8月には「ヘールフィンク・フォルテピアノ・フェスティバル」というものを開催して、フォルテピアノの魅力を伝えるオランダの重要な事業の一つとして存在感を示してきました。「文化」ということを考えるとヘールフィンク・ミュージアムの存在や、各イベントの開催は大変有意義なものなのです。しかし経済的な問題ゆえに、文化の存続には暗い影が忍び寄ります。

ところで、2015年にはイングランドの有名な歴史的鍵盤楽器の博物館であったフィンチコックス Finchcocks がオーナーの退職に伴い閉館し、所蔵楽器の多くがオークションで売りに出されるということがありました。世界的にも重要なコレクションの一つであったゆえに、フィンチコックスの閉館はショッキングなニュースでした。博物館の閉館というのは、音楽に限らず世界中に様々な事例を見ることができます。博物館の存在が街のアイデンティティに影響し、その街の文化レヴェルを大きく上げている場合もあり、閉鎖に伴い街のカラーが色褪せるということもあるでしょう。経済的な理由による博物館の閉鎖も数多く見られますが、文化を守るためにお金が必要となるゆえに結局はどうしようも出来ない…そのことはやはり受け入れざるを得ないのでしょうか。博物館の閉鎖が止むを得なかったとしても、それがその文化の絶滅を促進するのではなく、どんな形でも未来の人類に受け継がれていかれたら良いですよね。

ヘールフィンク・ミュージアムの閉館阻止のためのポスター

ヘールフィンク・ミュージアムは現在建物の売却を阻止するための署名運動を行っています。現状としては非常に厳しい状況ですが、この署名が別の形でミュージアムの存続にも影響するのではないか、とも私は考えています。以下のリンクよりWeb上で署名をすることが出来るのでご関心がある方は是非ページをご覧になってみて下さるととても嬉しいです。アレクセイ・リュビモフ、アンドレアス・シュタイアー、クリスティアン・ベザイデンホウト、アレクサンドル・メルニコフなど歴史的鍵盤楽器に造詣の深い世界的な演奏家の皆様のお名前も見ることが出来ます。博物館に明るい未来がありますように。

ヘールフィンク・ミュージアム 署名募集ページ
https://petities.nl/petitions/huis-de-wildeman-moet-muziek-museum-blijven?locale=en

ミュージアムの最上階に眠るピアノたち

 

この記事を書いた人

川口 成彦(Naruhiko Kawaguchi)

1989年に岩手県盛岡市で生まれ、横浜で育つ。第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクール第2位(2018)、ブルージュ国際古楽コンクール・フォルテピアノ部門最高位(2016)、第1回ローマ・フォルテピアノ国際コンクール優勝(2013)。フィレンツェ五月音楽祭をはじめ欧州の音楽祭にも出演を重ねる。協奏曲では18世紀オーケストラなどと共演。東京藝術大学楽理科卒業。東京藝術大学大学院およびアムステルダム音楽院の古楽科修士課程を首席修了。
公式ウェブサイト
https://naru-fortepiano.jimdo.com/