【ゲネプロレポート】オペラ夏の祭典《トゥーランドット》が開幕!

スペクタクルだが細部で作り込まれた、全方位に隙のない圧倒的な舞台

取材・文:香原斗志
撮影:寺司正彦

新国立劇場のオペラ芸術監督、マエストロ大野和士の総合プロデュースの下、東京文化会館と新国立劇場が初めてタッグを組んで上演される「オペラ夏の祭典2019‐20 Japan↔Tokyo↔World《トゥーランドット》」。共同制作でこそ可能になったスケールの大きさに緻密な作り込みが加わって、世界に誇れる水準の舞台に仕上がっていた。

7月12日、東京文化会館で初日をむかえ、その後新国立劇場、そしてびわ湖ホール、札幌文化芸術劇場 hitaruでも上演される。それぞれに二つのキャストが用意されており、イレーネ・テオリン(トゥーランドット)、テオドール・イリンカイ(カラフ)組の最終総稽古(ゲネラル・プローベ)を取材した。
(2019.7/9 東京文化会館 最終総稽古より)

左上:豊嶋祐壹(官吏)

中央左より:テオドール・イリンカイ(カラフ)、リッカルド・ザネッラート(ティムール)、中村恵理(リュー )

幕が上がると圧倒されるのは舞台を囲む巨大な壁面で、そこにはいくつもの階段が斜めに交錯している。トゥーランドット姫の宮廷と、それが支配する社会の錯綜した不条理な状況を描いているのだろう。壁面を群衆が埋めるさまは圧巻である。正面上部には、謎解きに失敗した王子たちと思しき首がいくつも立てられ、ペルシャの王子の斬首もその中央に置かれる。古代中国を具象的に描いているわけではないが、抽象化されているがゆえにいっそう、この宮廷とトゥーランドットの残忍さ、血なまぐささ、民衆への威圧感が、観ている側に強い圧をもって伝わってくる。


左より:与儀 巧(パン)、村上敏明(ポン)、テオドール・イリンカイ(カラフ)、桝 貴志(ピン)、中村恵理(リュー)、リッカルド・ザネッラート(ティムール)

バルセロナ交響楽団を指揮する大野は、比較的ゆったりとしたテンポで、主人公の冷酷非情さを象徴する動機を力強くもおどろおどろしく紡ぎはじめ、復調的な音のなかに、この物語を象徴する権力や残忍さを描く。《トゥーランドット》はプッチーニならではの美しい旋律を活かしながらも、和声と調性が拡大した現代音楽である。こうした音楽をさばくのに長けた大野だが、複雑に変転する状況を音楽で追うだけでなく、それぞれの場面を壮大なスケールで、仮に舞台装置がなくても目に浮かぶほど緻密かつ具象的に描く手腕は、見事である。

左より:リッカルド・ザネッラート(ティムール)、テオドール・イリンカイ(カラフ)、中村恵理(リュー)

アレックス・オリエが演出する舞台は、大野が構築する音の伽藍と細やかにかみ合っていた。たとえば、ピン、パン、ポンによるカラフのなじり方にせよ、人物の動作や置かれた位置に必然性が感じられ、そこに群衆の動きがからみ、視覚的なスケール感につながっているが、ディテールは常に細やか。そして、新国立劇場合唱団、藤原歌劇団合唱団、びわ湖ホール声楽アンサンブルからなる巨大な群衆の合唱が圧倒的だ。

舞台中央は、上部から四角い宇宙船のようなものが地面を照射しており、これが降りてくると、そこがトゥーランドットの宮廷であった。大がかりな装置と仕かけによるスペクタクルだが、それは同時に、宮廷が下々を威圧するさまを動的に描いている。視覚と論理が終始かみ合っているのだ。

左より:与儀 巧(パン)、桝 貴志(ピン)、村上敏明(ポン)

タイトルロールに扮するのは、現代におけるドラマティック・ソプラノの代表選手の一人、イレーネ・テオリン。ストレスなく湧き出る巨大な声は、劇的だが透明感が強く、トゥーランドットの冷酷さが自然に表される。また、終始帯びている一定の陰りは、この姫が、祖先が異国の男に乱暴されたことへのトラウマを拭いきれないことを表現したものだと思われた。

カラフはルーマニア出身のテオドール・イリンカイ。品位のある歌唱で、ドラマティックな押し出しも十分。とくに第1幕の「泣くな、リュー!」は、リューをいたわる感情が姫に挑戦する決意を滲ませながら、若々しく艶のある声で格調高く歌われた。

中央上:イレーネ・テオリン(トゥーランドット )


左上:持木 弘(アルトゥム皇帝)

カラフをひそかに想い、彼の名を告げずに黙って自己犠牲を遂げるリューは、プッチーニが理想として思い描いた女性像だが、中村恵理はまさに適役。持ち前のリリックな声に加え、弱音を駆使した声のコントロールが冴え、聴き手は自ずと感情移入させられる。最後のアリアは、まさに姫の冷たい心を溶かさんばかりに、切々とした口調のなかに感情が深く掘り下げられた。純イタリア声で端正に歌うリッカルド・ザネッラートのティムールが、公演を引きしめていたことは言うまでもない。桝貴志、与儀巧、村上敏明のピン・パン・ポンも秀逸。
 

ところで、幕が上がり、第1幕の音楽が開始される前、舞台上でトゥーランドットの祖母が男に乱暴される場面が挿入された。この前置きがどのように完結したか。トゥーランドットは、身元の知れない王子の名を知って「彼の名は、愛!」と告げたのち、自ら命を絶ったのだ。あれほど頑なに男性を拒んできた姫が、リューの自己犠牲に接したからといって、そう簡単にカラフに心を開くものか。私自身、疑問がいつも拭えないが、それに対する説得力ある回答の一つだと言えないだろうか。
 



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●演出家アレックス・オリエが語る《トゥーランドット》
https://member.ebravo.jp/2959/

【公演情報】
オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World
プッチーニ《トゥーランドット》(新制作)

2019.7/12(金)18:30、7/13(土)14:00、7/14(日)14:00
東京文化会館
2019.7/18(木)18:30、7/20(土)14:00 、7/21(日)14:00、7/22(月)14:00 新国立劇場 オペラパレス
2019.7/27(土)、7/28(日)各日14:00 びわ湖ホール 大ホール
2019.8/3(土)、8/4(日)各日14:00 札幌文化芸術劇場 hitaru

指揮:大野和士
管弦楽:バルセロナ交響楽団
演出:アレックス・オリエ
美術:アルフォンス・フローレス
衣裳:リュック・カステーイス
照明:ウルス・シェーネバウム
演出補:スサナ・ゴメス

出演
トゥーランドット:イレーネ・テオリン/ジェニファー・ウィルソン
カラフ:テオドール・イリンカイ/デヴィッド・ポメロイ
リュー:中村恵理/砂川涼子
ティムール:リッカルド・ザネッラート/妻屋秀和
アルトゥム皇帝:持木 弘
ピン:枡 貴志/森口賢二
パン:与儀 巧/秋谷直之
ポン:村上敏明/糸賀修平
官吏:豊嶋祐壹/成田 眞
合唱:新国立劇場合唱団/藤原歌劇団合唱部/びわ湖ホール声楽アンサンブル

オペラ夏の祭典2019-20 Japan↔Tokyo↔World
https://opera-festival.com/