布谷史人(マリンバ) インタビュー

ドイツを拠点に演奏活動を展開し、国際的な評価も非常に高いマリンバ奏者の布谷史人が2月に発表したアルバム「マリンバのための協奏曲集」(独OEHMSレーベル)での快演が、ヨーロッパを中心に反響を呼んでいる。「何を演奏すべきか、迷いの中で見つけた答えでもある」という、様式も雰囲気も全く異なる3つの作品。収録曲を核とした、リリース記念のリサイタルを9月に東京で開く布谷に、このアルバムの狙いや音楽、マリンバと言う楽器への思いなどについて尋ねた。

interview & text:寺西 肇

photo by Claudia Hansen

──新アルバムの「マリンバ協奏曲集」は、どのようなコンセプトで選曲されたのでしょうか。

マリンバという楽器自体はまだ新しいため、そのオリジナルの作品はすべて、「現代音楽」に属します。しかし、「現代」と一言で括られてはいても、色々な音楽のスタイルやジャンルの影響を受けながら、作曲家たちも様々な技法を駆使したり、新しい音楽の形や表現方法などを探究したりと、本当に様々な表現法があるとともに、今なお発展を続けています。

僕もこれまで、幾つものマリンバのオリジナル作品を演奏してきましたが、その作品は無調のものだったり、必ずしも深い精神性を必要とするものではなかったり…作品の歴史も浅いために、自分が果たしてマリンバでどんな曲を演奏していきたいのか、どんな作品を演奏すると沢山の聴衆とコミュニケーションが取れるのか、長い間、迷っていたことがあります。

今回選曲した3曲は、その迷いの中で見つけた、答えでもあると言えますね。ヴィヴァルディはバロックですし、2曲目に収録したエマニュエル・セジョルネの協奏曲は抒情的で、ロマン派の音楽を彷彿させます。3曲目の信長さんの協奏曲を含めると、全く違ったスタイルの音楽が、1枚のCDに収められると考えました。

──冒頭に収録されたヴィヴァルディの第1音を聴いただけで、未体験のサウンドが衝撃的でした。きっちりとバロック音楽の作法を踏まえつつ、決してリコーダーの“真似事”ではなく、例えば、第2楽章では、トレモロの柔らかな表現と分散和音でのエッジを立てた表現とを絶妙に対比させるなど、「マリンバで演る必然」を感じさせる演奏ですね。今回、バロック作品に取り組んだ理由とは?

マリンバでバロック音楽、特にバッハの作品を演奏することはよくありますが、その大きな理由の一つとして、「音楽への造詣を深めるため」という事が挙げられると思います。先ほども申し上げましたが、マリンバのためにオリジナルで書かれた作品は、すべて現代音楽という分野に属します。しかし、そういった作品ばかり演奏していると、バロック音楽はもちろん、古典派音楽やロマン派音楽に触れる機会がなくなり、音楽に対する視野が偏狭になってしまいます。

──ヴィヴァルディも、これを聴いたら、「マリンバ協奏曲」を書きたくなるのでは。

もしも、ヴィヴァルディがマリンバの作品を書いてくれるなら、頑張ってお金を貯めて、委嘱したいですね(笑)。僕はマリンバを演奏する際、「歌うこと」を強く意識しています。それは、マリンバを教わったのが、ピアノを弾く方だったことが、大きく影響しています。「歌うこと」に不可欠なフレージングやアーティキュレーションへの意識も、先生に教わったのがきっかけでした。バロック特有の語法も、今回の録音を機に勉強することができました。ヴィヴァルディの音楽に相応しい“歌”を見つけたいと思ったことが、この曲を録音する大きな動機となりました。

──かたや、現代フランスのセジョルネの作品は、マリンバの特性を前提とした作品ですね。

僕は2006年から何度も演奏していますが、マリンバ奏者の間では、非常に人気の高い作品です。音楽作品とは、より多くの奏者に上演され、多く聴衆に味わってもらうことで、知名度が高まるだけでなく、精神性も深まってゆくものです。そして、この作品は、マリンバ界で後世に残りうる佳品だと強く感じています。自分も10年余りにわたって、この曲を演奏し、自分なりに研究してきましたが、今回の録音は、他の奏者が聴いたらはどう響くのか、何か若い奏者に少しでも刺激を与えるようなものであれば、という想いを持ちながら臨みました。きっと、これからも多くの人に演奏され、研究されて、「名曲」となっていくのでしょうから。

──詩情豊かで、深い精神性を湛える一方、終楽章は非常にスリリングですね。

ドラマのような性格を持つ作品なので、自分なりの想いやストーリー性を感じながら演奏しました。聴き手の方にも、色々と自由にストーリー性を感じながら、聴いていただけたら嬉しいですね。

──信長貴富さんへの委嘱は、2曲目と言うことですが、そもそもの出会いは?

初めて信長さんのお名前を知ったのは、10年以上前、NHK全国音楽コンクールの課題曲だった、歌手の森山直太朗さんの作品「虹」の編曲者としてでした。その出だしのハーモニーだけで、違う世界に誘われたような感覚が、ずっと忘れられなくて…。2011年に僕が初めて、東京でリサイタルを開催した折り、どうしてもマリンバとピアノの為の作品を書いていただきたくて、どうにかして連絡を取りました。その時に作っていただいたのが、東日本大震災の被災者への思いを込めた「種を蒔く人」でした。

──新作の協奏曲「混線するドルフィン・ソナー」は、浮遊感と高揚感、スピード感に溢れていますね。

2011年の「種を蒔く人」も、今回作曲していただいた「混線するドルフィン・ソナー」も、奏者と聴き手が様々なレベルで、作品を通してのコミュニケーションを可能にしてくれる、非常に貴重な作品。信長さんは、これからも、こんな作品をたくさん書いてくださる作曲家だと思っていますし、出会いには心から感謝しています。

──録音は、マンハイム・クアプファルツ選帝候室内管弦楽団との共演で行われました。マリンバはソロでの演奏の機会が圧倒的に多いと思いますが、「協奏曲」というスタイルは、どうでしょうか。

これまでにも何度か、協奏曲のソリストを務める機会を頂きました。ステージ上では、共演しているオーケストラのメンバーたちの「いい音楽を創りたい」というエネルギーを感じながら、とても気持ちのいい本番を踏むことができました。今回の録音も、同じような雰囲気の中で、非常に楽しく臨めました。ソロと大きく違う点は、もちろん、共演者がいること。その沢山の人々と、一つの音楽を創ることを目標に出来ること、さらに、それを達成するための想いを持ちつつ演奏する素晴らしさは、ソロでは決して味わえません。

──9月の帰国リサイタルは、アルバムに収録されたセジョルネ氏、信長氏の作品が軸に。その上でローゼンブラット「カルメン・ファンタジー」や、須山真怜さんの新作「ツリー・ダンス」の日本初演などを交えた、意欲的なラインナップですね。

今回のリサイタルは、CDのリリース記念を兼ねているので、信長さんとセジョルネの作品の披露がメインに。その他の選曲については、今回、ドイツからお招きするベンヤミン・ヌスさんの存在が、大きく影響しました。彼は、クラシックだけでなく、ゲーム音楽を演奏したり、ジャズピアニストとしても盛んに活動したりと、非常に多才なピアニストです。色々な音楽に造詣がある方で、共演させて頂く度に刺激をもらい、ステージ上では彼のそんな素晴らしい演奏を、楽しんでいる自分がいます。ローゼンブラットはジャズのニュアンスを含んだ、少しユニークな作品ですし、須山さんの作品では、テクノ(ダンス・ミュージック)と現代音楽を融合された、新しいサウンドが楽しめるはず。マリンバという楽器を、いろんな角度から楽しんでもらえたら、と思っています。

──このステージで指揮を担当するヤニック・パジェさんは、パーカッショニストでもありましたね。

ヤニックさんは打楽器奏者でもあり、素晴らしい指揮者でもいらっしゃいます。2017年に一度、共演しましたが、音楽全体をしっかりと理解し、把握して下さっていたので、とにかく演奏しやすかったですね。リハーサル中には、タイミングが合わない箇所なども、瞬時に聴き取り、オーケストラの演奏を僕に寄せて下さったり、時にタイミングを合わせるための的確な助言を下さったり…それは、やはり打楽器奏者の経験から来る部分も、多分にあったと思います。

photo by Claudia Hansen

──ところで、布谷さんのマリンバとの出会いは? 何が一番、心を捉えたのでしょう?

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