サントリーホール バックステージツアー レポート

(C)サントリーホール

─あなたもこれで“サントリーホール通”! 内容満載の面白ツアーを体験─

text:宮本 明

1986年10月のオープンから33年。いまやサントリーホールはわたしたちの音楽生活と切り離せないクラシック音楽の殿堂だ。ファンなら年に何度も訪れるであろう、おなじみのコンサートホールだけれど、わたしたちがいつも見ているのは、そのおもて側の、せいぜい半分だけ。ふだん立ち入ることができないホールの裏側をのぞき、あのあこがれのステージに立つことまでできる(しかも無料で!)、そんなありがた〜い企画が「サントリーホール バックステージツアー」だ。これは面白そうっ!「心躍るワンダーランドはこの世の裏側にこそある」というのは、どこかの番組のナレーションだったっけ? 「 La Vals eby ぶらあぼ」 編集部に誘われて、7月25日(木)、興味津々で参加した。

ホール正面のカラヤン広場のオブジェ「響」。
設置面を水平方向に輪切りにすると、断面が「響」の文字をデザイン化したサントリーホールのロゴになっている!

バックステージツアーは午前10時30分受付開始。アークヒルズのカラヤン広場に面した正面入口前に集まった参加者はおおよそ50人ほど。平日の昼間ということもあってか中心は主婦層のようで、約7割は大人の女性の方々だった。

まずはそのまま広場で、エントランス上の壁から機械仕掛けでせり出してくる「パイプオルゴール」を見上げる。ふだんはコンサートの開場時刻と毎日正午に鳴り響く、小さなパイプオルガンの組み込まれたオルゴール。オルガン部分は小さいながらもホール内の大オルガンと同じオーストリアのオルガン製作会社が同じ素材で作ったミニチュア版だ。演奏曲はヤン・ピーテルスゾーン・スウェーリンクの《大公の舞踏会》で、バッハ・コレギウム・ジャパンの鈴木雅明の演奏をコンピュータでトレースした音だという。きちんと手をかけたものなのだ。曲は一定期間ごとに差し替えられている。

エントラス壁面に収納されているパイプオルゴール。両脇にいるのはワイン畑の番人の親子。彼らはワインヤード(ワイン畑)形式のサントリーホールも守っているのだ

これ、正直いって今までに2、3回しか見たことがなかった。いつも到着はたいていコンサートの開演時刻ギリギリだから……。曲が入れ替わることも、手の込んだ作り方であることも初耳。今度からはこれを楽しめるぐらいの余裕を持って、もっと早く来なくちゃなあと反省。

さて。受付を済ませた参加者はブルーローズ(小ホール)へ。ここでまずVTR『サントリーホール誕生』を観る。33年前の開館時の様子を20分ほどにまとめたミニ・ドキュメンタリーだ。

大指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンからさまざまなアドヴァイスを受けて誕生したサントリーホール。1986年10月12日のこけら落とし公演のオーケストラのチューニングは、初代館長で当時のサントリー代表取締役社長だった佐治敬三さんが鳴らすパイプオルガンの「ラ」の音で始まった。

当然だけれども画面に映る方々がみな33年ぶん若い! そしてアイザック・スターン、クラウディオ・アバド、武満徹、ヴォルフガング・サヴァリッシュ、クルト・マズア、ジュゼッペ・シノーポリ、ゲオルグ・ショルティ……。いまは亡き巨匠たちや、今年6月に亡くなった伝説のステージ・マネージャー宮崎隆男さんの姿も。懐かしさのあまり、同行したベテラン編集者は思わず涙。設計段階での模型を用いての音響実験の様子など、ほかで見ることのできない貴重映像は一見の価値がある。

VTRが終わると全員でホワイエ(ロビー)へ移動。えっ? でもここはしょっちゅう来てるところだから別にいいよ。などとタカをくくってはいけない。目で見ているだけでは知り得ない豆意識がたくさんあるのだ!

ホワイエ天井の大シャンデリア「光のシンフォニー響」。
6,630個のスワロフスキーでできている

コンサート時にはけっして体験することのない、照明の消えた薄暗いホワイエ。天井のシャンデリアが点灯されると、参加者から「おおーっ」とため息が漏れる。照明デザインの第一人者・石井幹子さんによるシャンデリア「光のシンフォニー響」だ。6,630個のスワロフスキーで作られている。スワロフスキーの一個一個は涙型で、蒸留されたアルコールのしずくを表現しているのだそう。なるほど!

シャンデリアの作者までご存知だった方はクイズ王級の博識。ほかにも、正面入口の内壁を飾る造形は、巨匠・宇治山哲平さんの作品「響」。その両脇で柔和な光を映し込むステンドグラスは、日本を代表するガラスアーティスト三浦啓子さんの作品だ。ふだんなにげに見ている装飾も、名だたるアーティストたちによる勢を尽くしたおもてなしなのだ。80年代なかば、バブル前夜だった日本経済の勢いも感じる。

ここから先は3班に分かれて、別ルートで並行して見学。われわれ取材班のいるグループは、ドリンクコーナー横のスロープからバックヤードへ。いよいよ「裏側」に潜入だ。
サントリーホールのステージ裏には、1階にA〜H、地下1階に1〜7の楽屋がある。忌み数の「4番」の楽屋はないので全部で14部屋(さらに、合唱団などがリハーサル室を楽屋として使う場合もある)。

ステージ裏の楽屋通路。忌み数の「4番」の楽屋はない

各楽屋にはちょっとした「格差」があって、最もゴージャスなのが大ホールの舞台袖すぐのところにあるA楽屋とB楽屋だ。舞台袖は人の行き来も多くて落ち着かないような気もするのだけれど、これもカラヤンのアドヴァイス。「指揮者やソリストの楽屋はできるだけステージに近く。段差のない同じフロアに」という指示に沿うよう、設計段階から工夫を重ねて設置した、サントリーホールこだわりの楽屋なのだそう。

両楽屋ともシャワールームやトイレのある、一流ホテルの客室のような居心地の良いつくりである点では共通しているが、それぞれ「音」に配慮して、異なる仕様になっている。おもに指揮者が使うA楽屋は、集中しやすいように、床のじゅうたんや吸音効果の高い壁材が、デッドで落ち着いた音環境を作っているのに対して、ソリストやコンサートマスターが使う場合が多いB楽屋は、板張りの床で適度な残響を確保し、楽器を弾きやすいように設えられている。考えてるなあ。芸が細かい! B楽屋にはあまりお目にかからないスタインウェイのアップライトが置いてあり、参加者のみなさんが盛んにスマホでパチリパチリ。

行動をともにするうちに、ツアー参加者のあいだにも自然にチーム感が生まれてくるのか、ガイドさんの説明に、期せずして声をそろえて反応する場面が頻発。

「搬入口にはトラックが直づけできるようになっています」
一同「はーあ。なるほど」
「これはピアノをステージにあげる迫り(リフト)です。ちょうど指揮台の真下あたり。上を見るとステージの光が漏れているでしょう?」
一同「ああああ、本当だ!」
「楽屋の階段は、大ホール側がワイン畑の赤、ブルーローズ側は青に色分けしています」
一同「おおおおおっ」
「カラヤンは、指揮者楽屋からステージまで、11歩で歩いたそうです」
一同「ほおー。えー。はははっ(笑)」
「出演者がのこしてくれたサインの中にはSMAPさんのものもあるんですよ」
一同「え〜っ!」
「日本の舞台用語では客席から向かって右を上手(かみて)といいます。じょうず(上手)な人ががこちらから出るわけではありません」
一同「・・・」
スベることも、ある……。


ステージ裏のチェロ台にもサインが

ツアーはここでいったん解散して、一般のお客さんと一緒に、12時15分開演の「オルガン プロムナード コンサート」を鑑賞する。1991年から月に一度、ランチタイムに開催している入場無料、約30分のミニ・コンサートだ。チケットや整理券を求める必要もなく、気軽にふらっと立ち寄れば、堂々たる大オルガンの響きを、この一流ホールで楽しめるのだからうれしい。この日はドイツのオルガニスト、シルヴィウス・フォン・ケッセルの出演で、けっこうな数のお客さんが詰めかけて、思い思いの席で演奏を楽しんでいた。

ホールを象徴するパイプオルガンは、オーストリアのリーガー社製。パイプ数5898本、74ストップ、4段手鍵盤を備えた世界的にも大規模な楽器。コンソール(鍵盤部分)は本体に組み込まれた固定のものと移動式のものの2台があり、この日はステージ上に置いた移動式のコンソールでの演奏だった。移動式のほうは電気でパイプをコントロールする。

サントリーホールの特徴のひとつでもある、ステージの背後、パイプオルガンの前の客席。「Pブロック」と呼ばれる席だが、この「P」をパイプオルガンの「P」だと思っている人がいたらそれは間違い。これは「指揮台」を意味する「podium」の頭文字で、「指揮者が見える席」という意味なのだそう。

コンサートが終わるとツアー再開。ついにサントリーホールのステージを踏む。あこがれのスター演奏家たちが毎夜、綺羅星のごとく登場する夢の舞台だ。
カラヤンの勧めで採用した、ベルリン・フィルハーモニーなどと同じウィンヤード(ワインヤード)形式の客席を眺めながら説明を聞く。2階席の背もたれが1階席よりもやや高めに作られているのは、(とくに女性のお客さんの)膝もとを目隠しするための細かい配慮であること。ホール内の壁材に使われている木材は、ウイスキーを熟成させる樽と同じホワイトオーク(ブナ)であること。などなど。

さて、ただ説明を聞くだけで終わらないのがこのバックステージツアーの面白いところ。最後に用意されていたのは、世界中のアーティストたちが高く評価する空席時2.6秒という美しい残響の体験コーナーだ。なんと参加者一同で即席の合唱団を結成して歌う。ガイドさんもいつのまにか指揮棒を手にしているではないか。

歌うのは〈ドレミの歌〉。歌い終わりに「ド-ソ-ド」とカデンツをつけることだけを確認して、さっそく歌いだす。みなさんかなり堂々と、歌う、歌う! 実際、豊かな響きの中で声を合わせるのはかなり気持ちがいい。ガイドさんのなかには声楽が本職の方もいるようで、ひときわ立派なバリトンも聞こえてくる。

打ち合わせどおり、最後を「ド-ソ-ド」で歌い終えると、客席天井に向かってホワワ〜ん。立ちのぼってゆく残響が目に見えるようだ。快感!「おおおおっ」。参加者一同から軽いどよめきが起こり、念願の「サントリーホール・デビュー」は大成功。バックステージツアーの全行程が終了した。

最後は参加者全員で即席合唱団を結成して、世界に誇る2.6秒の美しい残響を体験。思わぬ「サントリーホール・デビュー」を飾った。

参加記念にホールのオリジナル・ステッカーもいただき、みなさんご満悦の様子で帰途につく。
「サントリーホールならいつも行ってるから隅々までよく知ってるよ」と思っているそこのあなた。いやいや、ここにはなかなか奥深い「あるある」が詰まっている。初訪問の方はもちろん、じつは常連さんならなおさら、真の「サントリーホール通」になるためにもぜひ一度は参加する価値のあるツアーだと思う。

サントリーホール バックステージツアーは、8月を除く毎月、「オルガン プロムナード コンサート」開催日に行なわれている。参加費は無料だが、インターネットまたはハガキによる申し込みが必要。毎回の定員は80名で、申し込み多数の場合は抽選になる。毎回かなりの高倍率とのことなので、もし落選しても根気よく応募しつづけるのがよさそうだ。ちなみに、この日のツアー行程中の総歩行数は4,000歩強。階段の上り下りもあるので、疲れない、歩きやすい靴がおすすめです。

Information

サントリーホール バックステージツアー
次回は2019年9月19日(木)、続いて10月10日(木)に開催。
ツアーは午前10時40分から午後1時15分まで(オルガン独奏30分含む)。
定員はそれぞれ80名。参加費は無料。

応募の詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。
http://urx.space/W7oN