アンナ・ネトレプコ(ソプラノ)| いま聴いておきたい歌手たち 第6回

text:香原斗志(オペラ評論家)

実は、あまり好きではなかった

舞台にいるだけで強烈に発せられるオーラにおいて、いまアンナ・ネトレプコ以上の歌手はいない。実演は当然だが、ライブビューイングであっても、彼女が現れた瞬間に空気が変わるのが感じられるから不思議である。役に深く没入している証しでもあるし、彼女が発する声のすみずみまで、役が乗り移っているように感じられる。そうしたあれこれの相乗効果が、オーラとなって表れるのだろう。

もちろん、歌そのものに圧倒的な力がなければ、オーラなど生まれようがない。出演するオペラは以前にくらべ、かなりドラマティックなものになった。ヴェルディなら、マクベス夫人や《イル・トロヴァトーレ》のレオノーラなど劇的なアジリタを伴う役から、後期の《アイーダ》の表題役、《運命の力》のレオノーラ、《ドン・カルロ》のエリザベッタまで、重量級の役を歌っている。ほかに《アンドレア・シェニエ》のマッダレーナ、《アドリアーナ・ルクヴルール》の表題役、プッチーニなら《マノン・レスコー》、《トスカ》、近く《トゥーランドット》の表題役も歌う。《ローエングリン》のエルザもレパートリーにしている。こうして並べると、ドラマティック・ソプラノのレパートリーを列挙したかのように壮観だ。

《アドリアーナ・ルクヴルール》より
C)Ken Howard / Metropolitan Opera

ネトレプコがこれらの役を歌って、ほかのソプラノと決定的に違うのは、その声がリリックな美しさとやわらかさを保ったまま、強い音圧がかけられて濃厚に発せられる、という点である。また、ピアニッシモからフォルティッシモまでの間の移動がとてもスムーズなので、声のスケールは大きいがフレージングはとても細やか。高音も絶叫にならないどころか、常に音量をコントロールして、極上のピアニッシモで響かせたりする。これが聴き手の心を奪うのだ。

しかし、白状すれば、私は以前、特に《フィガロの結婚》のスザンナや《ランメルモールのルチア》の表題役などを歌っていたころ、ネトレプコというソプラノがあまり好きではなかった。

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