バッハをめぐるジャズ(2)| クラシック・ファンのためのJazz入門 第4回

text:藤本史昭

前回取り上げたジャック・ルーシェやオイゲン・キケロのアルバムは、いってみればジャズ・バッハの幼年期的作品でした。発想は野心的だし、音楽的な質も決して低くはない。しかしそのアプローチは、バッハの原曲のメロディやリズムをジャズっぽくフェイクしたり、即興し易いようにハーモニー進行を置き換えたりと、いたってシンプルなもので、極端にいえばガーシュウィンの曲を自分の解釈で演奏するやり方とそう変わりはなかったわけです。

今回はそこからもう少し進化(深化?)した、バッハの原曲と密接なつながりを保持しつつ、独創的なジャズ表現を実現した作品をご紹介したいと思います。

ジョン・ルイスというピアニストがいます。1940年代の半ばからディジー・ガレスピーやチャーリー・パーカー、マイルス・デイヴィスといった大物と活動を共にしてきた人ですが、このルイス、当時の黒人ジャズマンとしては異例といってもいいほどクラシックに造詣が深く、早い時期からクラシック的アプローチをジャズに持ち込んでいました。

その最大の成果が、彼が実質的リーダーをつとめたモダン・ジャズ・カルテット(MJQ)です。室内楽的なアンサンブルとブルース・フィーリングを美しく共存させたこのグループは、ジャズとして一級品でありながらBGM的な聴き易さもあるところが受け、大きな人気を博しました。

さらに彼は、現代音楽の分野でおなじみのガンサー・シュラーとともに、クラシックとジャズを融合させた新ジャンル「サード・ストリーム・ミュージック」の推進にも力を入れます。このムーヴメントはリアル・タイムでは思うような成果が上がらなかったようですが、しかし現在最先端とされるジャズ、あるいはクラシックの多くは、多少なりともこのサード・ストリーム・ミュージックの方法論に依っているわけで、そう思うと彼らの試みは偉大なる予言であったといえるかもしれません。

そんなルイスがバッハに真っ向から取り組んだのが『プレリュードとフーガ』シリーズです。アルバム・タイトルからも想像されるようにこれは、平均律クラヴィーア曲集をモティーフにルイスがジャズ的アレンジをほどこした作品で、プレリュードはソロ・ピアノ、フーガはヴァイオリン、ヴィオラ、ギター、ベースを加えたクインテットで演奏し、途中に即興的なパートが挿入される、という作りになっています。

で、なにがルーシェやキケロのバッハと違うかというと、作品の掘り下げ方。原曲と即興のつながりの自然さ、フーガにおける声部ごとの音色の絶妙な使い分けを聴くと、彼がどれほど深くバッハを研究してこの仕事に臨んだかがわかります。その音楽からにじみ出る知性と真摯さは、他のジャズ・バッハ作品とは次元が違う、といってしまいたくなるほどです。

もう1つ、紹介したいのが、ユリ・ケインの『ゴルトベルク変奏曲』。この人は、バリバリのストレート・アヘッド・ジャズからフュージョン、ヒップホップ、クレズマーまでありとあらゆるジャンルの音楽をこなす鬼才ですが、中でも特に力を入れているのがクラシックのジャズ・アダプテーションです。これまでにマーラー、ワーグナー、ベートーヴェン、モーツァルト等の作品に取り組み、2007年にはその仕事が評価され、ドイツのエコー・クラシック賞を授与されました。

その中でもこの『ゴルトベルク変奏曲』は、規模、アイディア、演奏の質という点で群を抜いています。いうまでもなくこれは、バッハのかの傑作が元になっているわけですが、ケインはそれぞれの変奏を、クラシック、ジャズ、R&B、ワールドミュージック等々多種多様な音楽のスタイルで再構築してみせます。さらにクラシックの中にはヘンデル風あり、ラフマニノフ風あり。ジャズも、ディキシーからモダン、フリーまでのスタイルがギッシリ詰め込んであって、しかもその1曲1曲を取り出してみるとすべてが超ハイクオリティ。元ネタを知っている人なら吃驚爆笑間違いなしの、パロディカル・トリビュートに仕上がっているのです。2枚組、総トラック数72という大作ですが、退屈とは一切無縁。バッハを扱ったアダプト作品の最高峰といっても過言ではない大傑作と個人的には思っています。

今回は丸ごとバッハという作品ばかりを取り上げましたが、アルバム中単発でバッハの楽曲を取り上げているジャズマンを挙げていくと枚挙にいとまがありません。たとえばエレクトリック・ベースの革命児、ジャコ・パストリアスは、「半音階的幻想曲」をベース・ソロで演奏しているし、イタリアの重鎮ピアニスト、エンリコ・ピエラヌンツィはピアノとフォルテピアノを使って即興を織り交ぜた見事なバッハを録音しています。あ、そういえば山下洋輔さんも、「無伴奏チェロ組曲」をピアノ版に編曲して弾いてましたっけ。

みなさんもお好みのジャズ・バッハ、探してみてください。で、これおもしろい!というものを発見したら、ぜひお知らせください。ご報告をお待ちしています。

[紹介アルバム]
プレリュードとフーガ Vol.1/ジョン・ルイス
ジャズを弾くルイスは濃厚なブルース・フィーリングを発散するが、にもかかわらずここではこれ見よがしにジャズを感じさせないところが素晴らしい。控えめだが、きわめて綿密に構成された原曲とアレンジ部分のバランスに、深い知性と作曲家への敬意がうかがえる。Vol.2Vol.3も併せて聴きたい。

ブルース・オン・バッハ/モダン・ジャズ・カルテット
こちらは本文でもふれたMJQ名義の作品。バッハの楽曲(「目覚めよと呼ぶ声あり」や「主よ、人の望みの喜びよ」等々)と、メンバー・オリジナルのブルース・ナンバーが交互に並べられていて、このグループならではの持ち味を存分に楽しむことができる。ルイスはバッハ曲ではチェンバロを弾いている。

ゴルトベルク変奏曲/ユリ・ケイン
これはとにかく、聴いてみてください、としかいいようがない。それぐらい多様な要素が盛り込まれた大音楽絵巻なのである。「アリアの低音主題に基づく」という原則を守りながら、これほど多岐にわたる音楽を作り上げる才能は尋常ではない。原曲では最終変奏に当たるクオドリベットの、破天荒にして忠実な再現といったら!

エンリコ・ピエラヌンツィ・プレイズ・バッハ、ヘンデル、スカルラッティ/エンリコ・ピエラヌンツィ
ビル・エヴァンス派のピアニストとして出発し、今では欧州屈指の存在となったピエラヌンツィ。ここでは、躍動と叙情が渾然一体となった独自のスタイルを存分に発揮して、同じ年に生まれた3作曲家の作品に新しい光を当てている。数曲で用いられるフォルテピアノの響きも、優雅というよりは過激でスリリング。

この記事を書いた人

藤本 史昭(Fumiaki Fujimoto)

1961年、宮崎市生まれ。大学卒業後クラシック音楽専門誌編集部に入社しカメラを始める。1991年からは『スイング・ジャーナル』誌ディスク・レビュアーを担当。以降ジャズ誌やwebマガジンの記事、CDのライナーノーツを多数執筆。現在は『JaZZ JAPAN』誌に寄稿する一方で、クラシック音楽関連の写真家としても活動している。共著に『200DISCS ブルーノートの名盤』『菊地成孔セレクション〜ロックとフォークのない20世紀』(いずれもGakken)、『文藝別冊 セロニアス・モンク』『文藝別冊 チャーリー・パーカー』『文藝別冊 ジョン・コルトレーン』(いずれも河出書房新社)等がある。