ご挨拶と海の旅 | 水平線の彼方からのecho

中村風詩人のphoto essay vol.1

text & photos:中村風詩人

水平線に水蒸気が立ちこめ、雲間には虹のかけらが見えた

5年ほど前に「世界3周分の海の奇跡」と銘打って『ONE OCEAN』という写真集を出版した。お陰で今では“海の写真家”と呼ばれることが多い。元々は学生時代に遡り、海が好きで移動手段にフェリーを選んで旅をしていたのが始まりだった。学生のうちにドーバー海峡、バルト海、マラッカ海峡、地中海などを船で渡り、その後20代のうちにリバークルーズにも興味をもち、ナイル河や漓江、ミルフォードサウンドなどの船旅を経験し、今では海を本格的な仕事のフィールドとして12年目になる。

世界一周中は長いときで2週間陸地を見ないこともあった

そして海の仕事に没頭するきっかけとなったのは、2011年のこと。世界一周クルーズの全区間乗船だった。横浜から出港して西回りでアジア、アフリカ、ヨーロッパを巡り、大西洋を越えてアメリカ、中南米、ハワイへ。そして太平洋側から日本へと戻ってくる100日間のクルーズだ。クルーズには多くのスタッフやエンターテイナーといった仕事をする人が関わるが、実は世界一周を全区間乗船するスタッフというのは、そう多くない。航海士や機関士といった運航に関係するものは全ての区間を通して乗船しているが、半数のスタッフは100日間の連続勤務を許されず途中で入れ替わる。クルーズ自体は世界一周クルーズだが、人によっては世界半周クルーズということが少なくないのだ。特に歌手やマジシャン、落語家などのエンターテイナーは主要な港から主要な港までの、いわゆる区間乗船が多く、短い人は2、3日間の乗船のみで帰国することもある。そういった状況の中で写真家が100日間、全区間乗船をするというのは異例だった。

世界一美しい港町と称されるアマルフィの町

世界を一回りし、ふたつの季節と7つの海をまたぎ、16の国々に立ち寄った。港町というのは美しい港が多いが大抵は大都市からのアクセスが良い訳ではなく、どちらかというと自然や風情のある所の方が多かった。風光明媚な運河や個性的な屋根の色や形、日々変わる言語・・・数え切れない変化の中で、最も魅了されたのは他でもない海だった。言い換えれば100日間で最も変わらず隣にあるのだが、海はそれぞれの国や海域で驚くほど違った表情を見せてくれた。透明度、色、潮の流れ・・・乗客とも交わしていた会話の話題は海のことばかりで、明日の天気よりも先に海況(海の状況)のことを案じた。「明日の空は晴れるか」よりも「明日の海は穏やかか」という具合だ。その会話のひとつひとつが下船してからも愛おしく、また懲りずに船旅に出てしまう。

クラシックコンサートのメインショー

豪華客船と言えば、切っても切り離せないもののひとつにショータイムがある。フラダンス、著名人の対談、ビンゴ大会、寄港地芸能・・・その中でも皆楽しみにしているのがクラシカルなコンサートだ。クラシックコンサートの日は決まってフォーマルやインフォーマルといったドレスコードが設定され、数あるショーの中でも特別感が強い。乗客はタキシードやドレスを身にまとい、夕日が水平線に落ちたのを合図にメインホールに集まりだす。カクテルが振る舞われ、ステージでは前座のヴァイオリンやピアノのソリストが演奏している。この時間こそ、まさに豪華客船といったイメージを裏切らないだろう。

カクテルを傾けながら聴くコンサートも

客船のステージはクラシックのためだけに音響が整えられた訳ではない。それでも多くの耳の肥えた乗客が、わざわざ海の上のコンサートに足を運んでいる。演奏中に耳を澄ませば、壁の向こうの波の音が聞こえることもある。それもひとつの音色のように心地よく耳に馴染むから不思議だ。これまでも幾度となくコンサートホールで撮影してきたが、海の上のホールはいつも別格だった。演奏を聴いていると常にその日にみていた海を思い出す。もちろんホールは海の上でも陸上と同じようにステージがあり客席がある。それでも波の振動や海の息づかいが船体を通して伝わってくるのだ。この海と音楽を同時に味わう贅沢を、いつか体験してみていただきたい。

世界一周をした日本の客船「にっぽん丸」

この「水平線の彼方からのecho」では船旅で味わった感動やその行く先々で触れた音楽や旅の出会いについて書いていきたい。そのひとつひとつの記事が、いつか旅に出たくなるような、そんな読んで頂いた皆さんをお誘いする手紙のような記事になればと思い旅の記憶を綴っていこうと思う。


profile
中村風詩人(Kazashito Nakamura)

旅写真家。3度の世界一周で80カ国を巡る。企業、観光局パンフレットやカレンダー、広告を多数担当。海の風景は広島県の切手にも採用。首相など著名人の撮影、『ぶらあぼ』では音楽家を撮影している。世界旅写真展審査員。代表作に世界3周分の海の奇跡をおさめた写真集『ONE OCEAN』、2018年には『小笠原のすべて』を上梓。同写真展は銀座キヤノンギャラリー・仙台メディアテーク・高崎高島屋・東武宇都宮・名古屋大阪キヤノン・水戸京成百貨店の全国を巡回。また日本橋三越や各新聞社ホールでの公演、日本各地へのフォトツアーも定期的に開催。
中村風詩人 ウェブサイト http://kaza.jp/