グレン・グールド | 戯言ゴルトベルク変装曲集 Goldberg Variations 第3回

text:四方善郎

ピアノによるゴルトベルク変奏曲と言えばグレン・グールド。ゴルトベルク変奏曲では必ずや触れなくてはならないグールドのゴルトベルク変奏曲。しかし、1955年の旧録音、1981年の新録音についてはこれまでいったいどれほど多くのことが語られてきたことか。そこでグールドが遺したこれら新旧名盤以外のゴルトベルク変奏曲全曲演奏について挙げておこうと思う。

◆グレン・グールド
Glenn Gould (piano)
収録時間:42:30 / 収録年:1954.06.21 / レーベル:CBC Records / 品番:PSCD-2007(CD)

初出は1995年、カナダ放送協会(CBC)の商業レーベル部門CBC RecordsからCDでリリースされた。“デビュー盤”となった旧録音の1年前、1954年6月21日放送のラジオ番組「名演奏家シリーズ」のためのスタジオ演奏で、アセテート盤による記録である。日本国内へは日本コロムビアがグールド研究の権威宮澤淳一の解説を添えて流通した。

テンポやタイミングなどは大きく変わらないものの、情感たっぷりに歌うような演奏が1年後のデビュー盤との対照的なことに驚く。この1年の間にグールドの中でどんな変化があったのだろうか?想像しながら聴くと面白味も増すだろう。この録音では原典に忠実に演奏してるな、と感じる。そしてまた1981年の新録音が表現に陰陽の違いはあるものの、テンポなどはこの録音当時の50年代のスタイルに回帰しているのではと感じるところもある。

この1年後の1955年盤はCBSコロムビア・デビュー盤ML-5060は大ヒット盤となり、多くの国々で幾度も繰り返し新装され再リリースされた。私が知っているだけでも100プレスは優に超えており、クラシック・アルバムでは異例だ。奇を衒った演奏とは微塵も思わない。テンポは速いがむしろテンポの関係性を突き詰めた演奏。編集でさらにその仕上げを行なったのだろう。その後ライヴ盤では、1957年モスクワでの抜粋演奏「CONCERT DE MOSCOU」がある。メロディア盤、同年Harmonia Mundiがディストリビューションした。

◆グレン・グールド
Glenn Gould(piano)
収録時間:38:12 / 収録年:1958.07.23 / レーベル:West Hill Radio Archives / 品番:WHRA-6038(6CD)

この記録に残されたグールドのゴルトベルク変奏曲全曲演奏は、1958年7月23日ヴァンクーヴァー・フェスティバルでのライヴ収録である。CBCが収録したとあるが、世に送り出したのは、主に放送音源を手掛けるカナダの West Hill Radio Archives で「GLENN GOULD IN CONCERT 1951 – 1960」のタイトル6枚組CDボックスに収められた。グールドが亡くなってから30年近く後の2011年のこと。

ミスタッチが目立つのは楽器がくたびれてコントロールし辛かったのか・・・? にもかかわらず生き生きと勢いのあるグールドの演奏は見事だ。録音をヘッドホンで丁寧に聴いてみると、そんな楽器の特性ゆえか録音ゆえか、コンコンとペダルの使いこなしの音がよく聴き取れる。耳がついついそちらへ行ってしまい聴き込むのだが、1955年以降グールドのペダルの使い方が大きく進化してることに驚く。弱音ペダルやハーフ(1/4?)サスティンで細やかな表現を加えているようだ。弱音ペダルも多用しpppをフル活用、しかもそのなかに歌うような抑揚(クレッシェンド、デクレッシェンド)を共存させている。

◆グレン・グールド
Glenn Gould(piano)
収録時間:36:57 / 収録年:1959.08.25 / レーベル:Frequenz / 品番:CMG-1(CD)

1959年8月25日ザルツブルク音楽祭のライヴ録音は、のちにソニー・レーベルのラインナップに加わっていることもあり、ご存じの方も多いはず。初出は、1986年イタリアのFrequenzレーベルからCDでリリースされた「GLENN GOULD IN SALZBURG」。国内でのディスリビューションはミュージック東京、イタリア盤だがプレスは日本コロムビアが手掛けている。2年後の1988年にはクラウン・レコードが音楽祭別日の収録曲とのカップリングで国内盤としてリリースしている。この録音も1954年盤と同様、数ヵ国複数のレーベルからCD化され、リリースされている。

1958年のライヴ演奏と同じように1955年録音をしっかり踏襲した演奏ではあるが、ここでもまたペダルの使いこなしで音楽的表現がより豊かになっているようだ。このザルツブルグ盤では、グールドはピアノと一体化している。ライヴ盤ながら思い通りのコントロールができていて、そのせいか鼻歌も少ない。1958年&1959年のゴルトベルク変奏曲は、「作り」のない最も生き生きとしたゴルトベルク変奏曲だ。グールドは1955年のデビュー盤以降、どんなピアニスティック・ゴルトベルクを追い求めていたのだろう?

1964年6月3日放送のCBC番組「水曜日のためのコンサート」のために、変奏曲を数曲同年4月23&24日に映像で記録を残し、そして、1981年の新録音で再び世間を驚かせることとなる。こちらはデジタルとアナログでの録音、映像記録のあることは周知の通り。1981年新録音、表現の行間(変奏曲間)にフェルッチョ・ブゾーニの含み笑いを垣間見たような・・・いや、それは気のせいだ。

Profile
四方善郎(Yoshiro Shikata/Pooh’s Hoop)

デジタル映像製作に特化したシステム・インテグレーターおよびコンサルタント。ゴルトベルク変奏曲だけでなく、バッハの音楽、鍵盤楽器の音楽、サックス・アンサンブル、ピグミー族の音楽などに心酔するが、音楽のジャンルの分け隔てはあまりなく、クラシック、ジャズ、ロックから演歌、自然音、さまざまな営みの音まで音盤や録音を中心に楽しみながら日々を過ごしている。ハノンはコンテンポラリー音楽にしか聴こえない。ミニマル音楽は変奏曲にしか聴こえない。音楽趣味が高じて2012年より音楽レーベルPooh’s Hoopを立ち上げる。