パーヴォ・ヤルヴィ(指揮)ロング・インタビュー Part1

interview & text :小室敬幸
photos:野口 博

日本のオーケストラのシェフに海外の著名指揮者が就任することが珍しくなくなって久しいが、近年は欧米でキャリアを築き上げつつある30〜50代の指揮者が目立つようになった。これはメジャーリーガーの大スターがキャリアの終わりに日本のプロ野球へとやってくるがごとく、功成り名を遂げた老指揮者が日本のオケのポストを受ける図式とは根本的に異なるため、驚きとともに迎えられることも多い。なかでも2015年にNHK交響楽団の首席指揮者にパーヴォ・ヤルヴィが就任するというニュースは、大きな話題を呼び起こした。

当時のパーヴォ・ヤルヴィはフランクフルト放送響の首席指揮者を退任したばかりだったが、それでもパリ管の首席指揮者とドイツ・カンマーフィル芸術監督を兼任する身であった。ヨーロッパのトップクラスのオケを率いていた彼が、単発の客演こそあるにせよ、日本国内で大きなポストを持つことなど、多くのファンが予想していなかったに違いない。当初は3年間と発表された任期が2021年8月まで延長されていることからも、N響との関係は非常に良好。パーヴォは就任当初からN響が欧州のトップレベルのオーケストラに引けを取らない存在だと公言しており、実際に彼が指揮すると、N響がこれほどまでに凄いオーケストラだったのかと改めて驚かされることが多かった。更には演奏会のプログラミングの巧みさや、お馴染みの名曲であってもこれまでの印象が大きく変わってしまうような斬新な視点に唸らされたりと、パーヴォがN響に新時代をもたらしつつあることは間違いないだろう。

そんなパーヴォ・ヤルヴィ率いるNHK交響楽団が、2020年の2月から3月にかけてヨーロッパ・ツアーを行う。同楽団がパーヴォとヨーロッパを訪れるのは、2017年以来2度目。このツアーにかける意気込みは勿論のこと、この21世紀という時代に、彼がどのような思いを胸に抱きながら音楽と向き合っているのかについて、たっぷりと話をうかがった。まずは、この時代に欠かせないものとなったSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)の話題から……。

── パーヴォさんはFacebook、Twitter、Instagramと、主だったSNSを活用されて、様々なことを投稿されていますが、SNSはご自身の意思で始められたのでしょうか?

そうです。でも明確なマーケティング戦略があるわけではありませんよ(笑)。環境問題や政治問題のことを書くこともありますが、基本的には自分が楽しんでやっているのです。自分の音楽活動にまつわる情報を発信してはいても、(セルフブランディング的な)自分のイメージをどうこうしようという戦略ではありません。なにしろ自分のフォロワーが何人いるのかも把握していないほどなので……。

特に気にかけていて自分で投稿したり、他の人の投稿をリポスト(リツイート、シェア)したりするのは母国エストニアについての動向です。例えば、ペレストロイカによってロシアが去ったあと、エストニアとロシアの国境付近でどんなことが起こっているのか……。こうした情報は多くのニュースのなかで埋もれてしまって、ほとんどの人の目に留まらない。それを投稿したりリポストしたりすることで、自分が大切にしていることを他の人々にも知ってもらいたいのです。

── きっと普段からSNSを使っている人々の大多数がそのような思いで投稿していますよね。パーヴォさんも同じであると。

とはいえ、政治的なことはごく一部で、投稿の大部分は音楽、文化、芸術、教育のことです。まずは、自分が音楽家として何をやっているのかということを発信していきたい。ところが大規模なエンターテインメントに比べると、私たちの分野は予算的な規模では全然敵いませんから、(メディア露出で)競争することが出来ません。少しでもみなさんに伝えられるプロモーションの機会や手段があれば、それを有効に使わない手はないのです。「CDが発売された」「コンサート・ツアーがある」……というようなことを、自分からみなさんに伝えていきたい。私はクラシックの音楽家として、演奏会で指揮することと同じぐらい、伝道師となって音楽の魅力を広めていくことも自分に課せられた重要な使命だと考えていますから。


── だからお忙しい中であろうと、こうしたインタビューも積極的にお答えになられているわけですね。そしてCDのお話がありましたけれど、これまでN響でポストを持っていた指揮者の多くは、パーヴォさんほどN響とのCDのリリースに積極的ではなかったように思います。

私がCDのレコーディングに力を入れているのは、いくつかの理由があります。ひとつはより多くのみなさんに、世界中の人たちに、N響の凄さを聴いていただきたいということです。ヨーロッパやアメリカでN響の話をすると、「ああ、日本のオケね。でも彼らはあんまり歴史がないから……」で片付けてしまいがちです。でも実際に私たちが最初に録音した《英雄の生涯》のCDを聴いてもらうと、すぐさま「凄いオーケストラじゃないか!?」という反応が返ってくるわけです。私たちはすべての国々に行くことは出来ませんが、CDや配信はどこでも聴くことができます。ですから、そういう媒体を通せば、自宅にいながらにしてN響の演奏を聴いてもらうことが可能になるのです。

── では、他の理由は?

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