シャビエル・アンドゥアガ(テノール) | いま聴いておきたい歌手たち 第9回 

text:香原斗志(オペラ評論家)

24歳ですでに重ねている国際的キャリア

今回は「先物買い」の楽しさを提供したい(今後もときどき提供する)。1995年6月5日生まれ。現在24歳。日本人の歌手や歌手の卵なら大学か大学院で勉強中であり、これから留学を検討するかどうかという年齢である。しかし、シャビエル・アンドゥアガは、すでに国際的なキャリアを歩みはじめている。

2020年前半の予定だけでも、パリのオペラ座でロッシーニ《セビリアの理髪師》のアルマヴィーヴァ伯爵、ケルンで同《ランスへの旅》の騎士ベルフィオーレ、ダラスで《セビリアの理髪師》、仏リールで《ファルスタッフ》のフェントン、リスボンで《オリー伯爵》のタイトルロール、と並ぶ。そして、私はここで予言しておきたいが、彼は近い将来必ず、オペラ界を背負って立つスター・テノールになるだろう。

ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル
《リッチャルドとゾライデ》より
C)Amati Bacciardi

アンドゥアガの魅力を手っ取り早く理解するためには、昨年11月末から12月にベルガモで収録されたドニゼッティ《ケニルワース城のエリザベッタ》の映像を観てほしい。出世作《アンナ・ボレーナ》の前年にあたる1829年に初演されたこのオペラで、彼はエリザベッタ(女王エリザベス1世)が思いを寄せるレイチェスターという役を歌っている。これが大変な難曲だが、ほとんど非の打ちどころがない歌を披露しているのだ。

まず、ブリリアントで光沢のある声がすばらしい。明るい声なのだが、同時に憂愁の香りが漂い、えもいわれぬ魅力がある。声だけでもスターの素材だが、弱音の自然で美しい響き、なめらかに移行した高音の豊かな広がり、意味のこめられた明瞭な言葉、そして気品ある流麗なフレージング――。こうして挙げたのは歌唱における部分だが、それらが連なった楽曲には、さらなる説得力がある。

この7月には、プラシド・ドミンゴ主催のコンクール「オペラリア」で優勝を勝ちとったが、予想通りの結果だというほかない。


最初から別格

スターになる逸材は、出発したときから違う。もちろん努力で勝ちとれるものもあるが、かつて「声帯に神がキスした」といわれたパヴァロッティのように、並み居る強豪のなかで傑出する人の多くには、天から授かりものがある。

アンドゥアガが歌うのを初めて聴いたのは2016年8月、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル(ROF)におけるアカデミア生の修了公演《ランスへの旅》だった。毎年、アカデミアで学んだ歌手を二組に分け、異なるキャストで2回上演するのだが、騎士ベルフィオーレは両日ともアンドゥアガ。シングルキャストの歌手は、特に期待されているのが通例である。実際、こんな場面を目撃した。私がロッシーニ劇場で通し稽古を観ていると、ベルフィオーレの出番の少し前にROF芸術監督のエルネスト・パラシオが現れたが、アンドゥアガが歌い終わると間もなく帰ってしまった。ずいぶん露骨なものだと思ったが、そのとき21歳にすぎなかった彼の声は、この公演のなかで圧倒的に輝いていた。

昨年もROFでは、《リッチャルドとゾライデ》というオペラ・セリアに出演し、フアン・ディエゴ・フローレス扮するリッチャルドの友人、エルネスト役を歌った。これがまた秀逸で、フローレスの完成度におよばないにせよ、比較してもアンドゥアガの声の輝きには存在感があり、またフローレスの声よりも厚みがあって、響きが大きいのも印象的だった。

本人に聞くと、スペインの故郷で子供のころから合唱をやっていて、パヴァロッティやドミンゴ、カレーラスらの歌を聴いて育ったという。ソリストとして歌いはじめたのは15歳か16歳のとき。現在はフローレスにも目をかけてもらっているようだ。自身の声の特徴について語ってもらった。

「コロラトゥーラが声を押したりせず自然に歌えますが、一方、レガートも自然に歌えるし、中音域もあるので、テノーレ・リリコ・レッジェーロだと思います」

今後、歌っていきたい役についてだが、「《愛の妙薬》のネモリーノは歌って快適でした。《ドン・パスクワーレ》のエルネストも同様だったので、近く舞台で歌いたい。《夢遊病の女》のエルヴィーノやロッシーニ《オテッロ》のロドリーゴは近いうちに歌うと思います。《ランメルモールのルチア》のエドガルドも、4、5年で声が整うと思うし、30歳くらいになれば《ラ・トラヴィアータ》のアルフレードや《リゴレット》のマントヴァ公爵も歌うでしょうね。《ノルマ》のポッリオーネなども歌うようになると思います」。

アンドゥアガはレガートが美しく、音圧も高いので、ロッシーニよりはむしろ、ドニゼッティやベッリーニ、ヴェルディ、あるいはフランス・オペラなどで大成するのではないだろうか。目が離せない、いや、目を離してはいけないテノールである。


profile
香原斗志 (Toshi Kahara)

オペラ評論家、音楽評論家。オペラを中心にクラシック音楽全般について音楽専門誌や新聞、公演プログラム、研究紀要などに原稿を執筆。声についての正確な分析と解説に定評がある。著書に『イタリアを旅する会話』(三修社)、共著に『イタリア文化事典』(丸善出版)。新刊『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)が好評発売中。