サイオア・エルナンデス(ソプラノ) | いま聴いておきたい歌手たち 第11回 

text:香原斗志(オペラ評論家)

リリコ・スピント、またはドランマティコの大器

ソプラノのなかでも、リリコ・スピント、あるいはドランマティコと呼ばれる、強くて押しのある声種の歌手が不足している。ヴェルディにせよ、プッチーニにせよ、ヴェリズモ・オペラにせよ、そういう声による激しい感情表現を必要とするオペラは数多く上演されているので、リリコ・スピントやドランマティコのための役を歌っているソプラノはいるのだが、満足がいく歌唱になかなか出会えないのである。

たとえば、ヴェルディの《仮面舞踏会》でも、プッチーニの《トスカ》でもいい。いつも次のような声で聴きたいと思っている。湧き出るように豊かで、各音域にわたってムラなく響き、中音域が忠実しているのはもちろん、高音までストレスなく伸び、激しく歌う場面でも無理な力を入れずに自然に表現できる声。元来が豊かであるので絶叫とは無縁である声。そしてフォルテが豊かである一方、ピアニッシモが美しい声。

残念ながら、そういう声は少ない。1950〜70年代には、いまより多かったように思う。だが最近は、元来はリリックな性質のソプラノが無理をして歌っていることが多い。結果として、叫ぶような表現になるばかりか、無理がたたって声を傷めてしまう。あるいは声に余裕がある場合も、フレージングの美しさや響きの色合いに欠けることが多い。

だから、「《仮面舞踏会》のアメーリアにいい歌手はいませんか?」「《トスカ》はだれがいいですか?」などと尋ねられても、首をひねってしまっていたものだが、最近は「サイオア・エルナンデスはどうですか?」と言えるようになった。

スペイン出身のエルナンデスの場合、上記の特徴をそのまま備えているうえに、光沢のあるなめらかな美声で、音圧が強く、発声のどこにもストレスが感じられない。そういうソプラノはもう何年も現れていなかったように思う。そのうえ、彼女はぎっしりと書きこまれた小さな音符を敏捷に追うアジリタも得意なのである。

C)Lourdes Balduque

ソプラノ・ドランマティコ・ダジリタ

ドランマティコ・ダジリタ、すなわちドラマティックな声でアジリタもできる、というタイプのソプラノがいる。たとえば《ノルマ》の表題役がその走りで、ベッリーニは従来にくらべて歌手にかなり劇的な歌唱を要求したのだが、この時代には高度な装飾歌唱の技巧も同時に求められた。だからノルマは難役なのだ。また、ドニゼッティの《ランメルモールのルチア》の表題役は、楽譜にない高音を歌うのが習慣化したこともあって主に軽い声のソプラノが歌ってきたが、初演当時としては、ドランマティコ・ダジリタの役だった。

《ナブッコ》のアビガイッレ、《アッティラ》のオダベッラ、《マクベス》のマクベス夫人など、初期のヴェルディはヒロインのソプラノにドランマティコ・ダジリタの声種を求めているが、それは《ノルマ》や《ルチア》の流れを汲んでのことである。

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