ジャコモ・サグリパンティ(指揮) インタビュー 〜東京二期会オペラ劇場《椿姫》

エレガントで、激しくても下品にならないのが《椿姫》

ジャコモ・サグリパンティがいよいよ日本でタクトを振る。イタリアの若い世代の指揮者では、ミケーレ・マリオッティ、ダニエーレ・ルスティオーニ、アンドレア・バッティストーニが「三羽ガラス」として称揚されることが多いけれど、1982年生まれのサグリパンティの国際的な評価も、実は、これら3人に少しも負けていない。

C)Henry Fair

作品の本質や味わいを、歴史的な文脈のうえで正しく理解したうえで、スコアを徹底的に深読みする、というこのマエストロの知的で骨太な音楽づくりは、日増しに評価を高めている。今回は、バイエルン州立歌劇場での《トゥーランドット》を終えるとすぐに、東京二期会オペラ劇場の《椿姫》のために来日してくれる。その後は、モンテカルロでベッリーニの《海賊》、パリのバスティーユ・オペラで《アドリアーナ・ルクヴルール》、英国ロイヤル・オペラ・ハウスで《ランメルモールのルチア》、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルで《モイーズとファラオン》……と、世界の主要なオペラ・シーンでの予定が詰まっている。

指揮者への意気込みは年季が入っており、この職業を志すうえで寄り道はしていない。
「幼いころはピアノを弾いていましたが、テレビでリッカルド・ムーティが指揮するのを見てからですね、オーケストラを指揮したいと思ったのは。だんだん気持ちが前のめりになって、勉強を始めたんです。最初の先生はドナート・レンゼッティで、その後、ペーザロの音楽院で学びました。以後は、ジャナンドレア・ノセダ、レナート・パルンボ、ブルーノ・バルトレッティらに教わりました。ただし、だれかを唯一のお手本とはせず、多くの方からいろんな手法を学ぶようにしてきました。特定の個人に依拠しすぎず、たくさんの考え方を用意していることが重要だと思っているからです。そうすればこそ、スタイルを創造できるのです」

ロッシーニをはじめとするベルカント・オペラからプッチーニまで、すでに数多くのイタリア・オペラの指揮で定評を得ている。もちろん、ヴェルディはレパートリーの中核の一つである。サグリパンティから見て、《椿姫》の特徴はどこにあるのだろうか。
「《椿姫》というオペラは音楽的に、ヴィオレッタに大きく左右されます。ヴィオレッタ役はリリコ・レッジェーロからもっとドラマティックなソプラノまで、幅広い声を許容します。しかし、《椿姫》をヴェルディが意図したように演奏するためには、このオペラがヴェルディと同時代のパリを舞台にしていることを忘れてはなりません。そこでは盛んにワルツが躍られていました。《椿姫》というオペラには、最初から最後までワルツのリズムに満ちあふれています。それもドラマティックだったり、軽かったり、甘かったり、詩的だったり、情がこもっていたりと、実に多様です」

C)Henry Fair

では、《椿姫》がそういうオペラであるなら、サグリパンティはどう演奏するのか。
「私に言わせれば、《椿姫》はヴェルディのほかの作品にくらべ、ドラマティックすぎてはいけないんです。中期の人気のある三作の最後の作品で、そのなかでは最も洗練されていて、エレガントに演奏されることが必須です。表現は豊かに、でも誇張してはいけません。エレガントで、表現豊かで、時に激しさも必要ですが、決して下品にはならない。それが《椿姫》です」

《椿姫》のエレガンスは、歴史的に先立つベルカント・オペラにも通じるものだ。サグリパンティもそれを認めて、こう語る。
「たとえば、第1幕のヴィオレッタのアリア後半は典型的なベルカントのカバレッタですし、第2幕のアルフレードのカバレッタも同様です。一方で、《椿姫》には台本と音楽を密着させた演劇的な表現も含まれ、ヴィオレッタの同じアリアンの前半、『ああ、そはかの人か(ああ、きっと彼なのね) Ah,fors’e lui』と歌うところなどは、ベルカントに通じる古典的なカバレッタにくらべると、かなり革新的です。ですから、カバレッタではロッシーニのように軽快に、『そはかの人か』に続くところはもっと激情的に、と異なる響きを追求する必要があります。そして、激しさのほうは《オテッロ》に至るまで、すべての作品に受け継がれていきます。《椿姫》はベルカントの親戚でありながら未来につながっています。ベルカントでなければならず、同時にロマン主義オペラでなければなりません。だから演奏するのが難しいんです」

むろん、難しさは巧みに克服されたとき、倍の魅力となって返ってくる。われわれ聴き手の期待は、自ずとそこに向かう。
「そうした表現も、結局はヴィオレッタを歌うソプラノ次第です。ヴィオレッタを歌うソプラノこそが、私の仕事の出発点になります」

大村博美と谷原めぐみ。二人のヴィオレッタから、ヴェルディ、わけても《椿姫》を知り尽くしたこの若き俊英指揮者はなにを引き出し、どんな響きに結びつけ、どんなドラマを生みだしてくれるのだろうか。楽しみで仕方ない。
取材・文:香原斗志


【Information】
東京二期会オペラ劇場
ヴェルディ《椿姫》(新制作)(全3幕・日本語字幕付き原語(イタリア語)上演)

2020.2/19(水)18:30、2/20(木)14:00、2/22(土)14:00、2/23(日・祝)14:00
東京文化会館

指揮:ジャコモ・サグリパンティ
管弦楽:東京都交響楽団

演出:原田 諒

装置:松井るみ
衣裳:前田文子
照明:喜多村 貴
振付:麻咲梨乃

ヴィオレッタ:大村博美(2/19,2/22) 谷原めぐみ(2/20,2/23)
フローラ:加賀ひとみ(2/19,2/22) 藤井麻美(2/20,2/23)
アンニーナ:増田弥生(2/19,2/22) 磯地美樹(2/20,2/23)
アルフレード:城 宏憲(2/19,2/22) 前川健生(2/20,2/23)
ジェルモン:今井俊輔(2/19,2/22) 成田博之(2/20,2/23)
ガストン:高柳 圭(2/19,2/22) 下村将太(2/20,2/23)
ドゥフォール:髙田智士(2/19,2/22) 米谷毅彦(2/20,2/23)
ドビニー:北川辰彦(2/19,2/22) 伊藤 純(2/20,2/23)
グランヴィル:清水宏樹(2/19,2/22) 峰 茂樹(2/20,2/23)
ジュゼッペ:根津久俊(2/19,2/22) 吉見佳晃(2/20,2/23)
仲介人:岸本 大(2/19,2/22) 香月 健(2/20,2/23)
合唱:二期会合唱団

ダンサー:千葉さなえ、玲実くれあ、輝生かなで、栗原寧々、鈴木萌恵
     岡崎大樹、上垣内 平、宮澤良輔、谷森雄次、岩下貴史

問:二期会チケットセンター03-3796-1831
http://www.nikikai.net/lineup/traviata2020/