ハビエル・カマレナ(テノール)| いま聴いておきたい歌手たち 第13回 

text:香原斗志(オペラ評論家)

力強いアジリタと余裕の超高音

ファン・ディエゴ・フローレスがヴェルディやプッチーニ、あるいはグノーやマスネなどのフランス・オペラにレパートリーを拡大し、ロッシーニやベッリーニを歌う機会が少なくなった分、その穴を埋めているのがメキシコ出身のテノール、ハビエル・カマレナである。実際、メトロポリタン歌劇場(MET)のスターになったのも、フローレスの代役として登場し、聴衆の心を鷲づかみにしてのことだ。それは2014年、ロッシーニ《ラ・チェネレントラ》のドン・ラミーロ役で、このとき、鳴り止まない拍手にアリアのカバレッタをもう一度歌い、パヴァロッティ、フローレスに続き、ここ70年においてMETでアンコールに応えた3人目の歌手にもなっている。

カマレナは紛れもないベルカント歌手である。叙情的な旋律を、音を漸増させ、ふたたび漸減させるメッサ・ディ・ヴォーチェを駆使しながら表情豊かに歌うことができ、加えて技巧的な装飾に長けている。小さな音符の連なりを敏捷に歌うアジリタを、それぞれに音に明確なアクセントを置きながら力強く刻んでいく能力は抜きんでている。フローレスが現れる以前は、ロッシーニ・テノールといえば特殊な軽い声が多く、特殊なレッジェーロの(軽い)声質の歌手であるかのように思われていたが、フローレスはリリックな声による輝かしい歌唱で力強くアジリタを刻み、ロッシーニ・テノールに対する誤解を覆した。

カマレナはその流れの延長にいる。いわゆるレッジェーロの性質ではなく、密度が高くて音圧の高い声にアジリタが加えられるから、聴き手に強い印象が残る。加えて特筆すべきは、そうした声からあまりに軽々と発せられる超高音である。

2019年3月、METでドニゼッティ《連隊の娘》のトニオ役を歌い、アリア〈ああ友よ、なんて嬉しい日!〉で九つのハイCをいとも簡単に、しかし力強く、輝かしく、最後の音は思い切り伸ばして、圧倒的な喝采を浴びた様子は、同年4月、METライブビューイングでも上映された。見逃した人は、アンコール上映が必見である。この《連隊の娘》は7公演が行われたが、そのすべてでアリアのアンコールに応えたというから、ただ者ではない。ちなみに、カマレナはハイDもかなり余裕をもって響かせる。

ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場《連隊の娘》よりトニオ役のハビエル・カマレナ
C)Marty Sohl/The Metropolitan Opera

ベルカントに力強い生命を吹き込む

※ここから先は会員の方のみお読みいただけます。
(すでに会員の方はそのままお読み下さい)

会員登録(無料)が必要です

これより先は会員限定コンテンツです。ログインまたは、会員登録が必要です。