ドレスコードと匂い/飴ちゃんたちの哀しみ

連載 恥ずかしくないコンサート・マナー、改めて見直してみると……。Vol.1

text:池田卓夫

期待に胸を膨らませ、コンサートホールやオペラハウスに出かけても、演奏が始まると隣の人の動きが気になったり、音楽以外の雑音に悩まされたりした経験、誰にでもあると思います。私たちにはステージを「観る」意識しかありませんが、同時に、周囲から「観られている」存在でもあります。マナーは学校で教わるのではなく、個人個人の気配りの積み重ねによって、会場全員が心地いい時間を共有する「たしなみ」のようなものです。違反の多くは、「つい」「うっかり」から起こります。今さら「言わずもがな」と思いつつ、改めてトラブルの典型と、それを回避するマナー、エチケットのあり方をご一緒に考えてみませんか?


1)ドレスコードと匂い
私が小学校に入学した昭和40年(1965年)当時、帝国ホテルやホテルオークラなど東京の一流ホテルに成人男子が足を踏み入れるにはジャケット、ネクタイの着用を求められました。子どもたちもそれなりに、おめかしして出かけたものです。クラシック音楽の演奏会やオペラでも、「きちんとした身なり」が当たり前でした。

昨年(2018年)の第一次世界大戦の終結100周年とともに、世界各地では1968年の世界に吹き荒れた学生運動(フランシーヌの場合、いちご白書、東大安田講堂…)の50周年を記念する催しが相次ぎました。「68年世代」は第二次世界大戦からの復興を通じ、世界に広まった経済成長優先、軍備強化の流れに立ち向かい、世の中のあらゆる権威をひっくり返していったのです。これを境にホテルに入る服装も「自由化」されましたし、古楽の復興に取り組んだ若い演奏家たちは燕尾服を脱ぎ捨て、ジーンズ姿でステージに立ちました。日本では70年の日本万国博覧会(大阪万博)を境にクラシック音楽の大衆化、大量消費が一気に進み、着飾って出かける人の割合は、グッと減りました。

現在では会社帰りのサラリーマン以外、スーツにネクタイ姿の聴衆の方が少数派です。93年のバブル崩壊から2008年のリーマン・ショックにかけて「一億総中流」の幻想が崩れ、日本人一人ひとり、それぞれのセンスと身の丈に合った服装へと転じた結果、婚礼や葬儀といった極端な場面を除き、社会全体からドレスコードと流行が消えました。

コンサートやオペラの服装も基本的には「何でもあり」ですが、それでもいくつか、考慮すべきマナーは存在します。例えば、帽子。昔から「室内ではかぶらない」「相手に一礼する際はとる」と言われましたが、着席後も装着しているのは「舞台上の演奏家に対して失礼」なばかりか、真後ろの席の人の視界をさえぎってしまうので、今もタブーでしょう。逆に、脱いではいけないのが靴です。日本人の足は幅広甲高で、西洋から入ってきた靴との相性がなかなか改善しないのは、わかります。それでも演奏中にガサゴソ音を立てて脱ぎ、靴下姿でリラックスするのは感心しません。あくまでホールや劇場は「公共の場(パブリックスペース)」ですから、自宅でソファーに寝転び、CDやDVDを楽しむレベルでのリラックス、ゆるモードは一歩外に出たら期待しないでください。

さらに最悪の事態は靴を脱いだ人から、足の臭いが漂ってくる場合です。音楽を鑑賞している間は普段より感覚が研ぎ澄まされるため、人は匂いにも敏感となります。シトラス系の微香ならともかく、ムスク(麝香)系の強い香りのパフューム、昭和世代のおじさんたちが愛用したトニックやリキッド、ポマードなど薬効成分の多い整髪料の芳香を嫌う人は、本人たちの予想以上に多いのです。きちんとドレスアップした人も、クローゼットの奥深くにしまった一張羅を引っ張り出した場合は防虫剤やカビの臭いに十分、気をつけましょう。かといって、芳香入りの消臭スプレーをかけすぎるのも危険です。

悲しいかな聴衆や観客の多数を占めるシニア世代、特に男性からは加齢臭が出ています。真夏にタンクトップ姿で現れ、脇の下から盛大に体臭を発散する若者も、加齢臭と同じくらい嫌われ者です。出かける前にはシャワーを浴び、脇の下や首筋のデオドラントを心がけ、ほんの少しパフュームを与えるといった心配りがあればなあ、と思います。

2)飴ちゃんたちの哀しみ
人はなぜ、演奏開始前か楽章間ではなく、音が鳴っている間に飴をガサゴソとバッグやレジ袋の中から探し、いくぶん慎重とはいえ、ノイズとともに包装を解き、残りを再びバッグへと戻す作業をやめないのでしょう? 私が経験した一番ひどいケースは98年、ゲルト・アルブレヒトが読売日本交響楽団の常任指揮者に就任したときの披露演奏会(東京芸術劇場)です。隣席の老婦人がブラームスの「交響曲第1番」の第2楽章で飴をそっと取り出し、周囲への気配りも満点、おそろしくゆっくりした開封作業を続け、第4楽章のホルンの感動的な主題が現れた瞬間、「ベリッ」と音をたて目標を達成しました。私は「頼むから真綿で首を絞めるようにするのはやめてくれ、できたら一思いに殺してくれ!」と心の中で叫び続けたのですが、祈りが足りなかったのか、3つの楽章にわたって「飴ちゃんノイズ」に気を取られ、音楽への集中度を下げた苦い思い出です。

20年過ぎて自分も還暦に達した今、演奏中に喉が急に乾いて咳き込み、何とか止めようとして飴の力を借りる側に回りました。そうなんです。チューニング中や楽章間では何も起こらないのに、演奏に集中して緊張感が高まると喉や気管支が収縮するらしく、飴がほしくなります。若い人たちに比べ、体の内側の潤いも減っているのですね!

飴が必需品なのは理解しましたが、余計な音を出さずに済む方法はあります。私がドイツで働いていたころ、巨匠ギュンター・ヴァントが久しぶりにWDR(ケルン放送)交響楽団に客演、モーツァルトの第40番とチャイコフスキーの第6番「悲愴」という究極の交響曲プログラムに挑んだ真冬の演奏会を訪ねると、クロークのあちこちに「マエストロから聴衆へのプレゼント。これで演奏中の咳をやめましょう」という張り紙つきで、スイス・リコラ社製のハーブのど飴が置かれていました。日本でも売っているから、ご存知の方も多いと思いますが、リコラ製品は包装がセロファンではなく油紙、雑音なしに飴を開封できます。これを予め箱や缶から数粒とり出し、上着のポケットにでも入れておけば演奏中、音を立てずに口まで運べるでしょう。佐久間製菓のドロップをはじめ、缶入りの製品も飴をゴロゴロ転がしたりしなければ、比較的静かに取り出せるはずです。

飴と同じようにバッグや携帯電話につけた小さな鈴、バッグを開閉するファスナーなど、作業する本人は「たいしたことない」と思っても、空間全体に「響く楽器」としての音響設計を施したホール・劇場では意外なほど遠くまで届いてしまう音があります。鈴やファスナーなど無機物の場合は予め外しておく、演奏が始まったら開閉しないといった自己規制で片がつくのに対し、寝落ちのいびき、空腹時の腹の音といった生理現象のノイズは、どう防げばいいのでしょうか? 開演前に小腹を満たせば空腹音は防げる半面、お酒を飲んでしまうとリラックスが過ぎてウトウトするので、ここでも事前の配慮に負う部分は大きいですね。いびきは睡眠時無呼吸症候群とも密接な関係があります。私の場合、入院検査で「クロ」判定を受けて以来、就寝中にCPAP(シーパップ=経鼻的持続陽圧呼吸療法)の装置とマウスピースによる対症療法を続けたところ、睡眠の質が劇的に改善したらしく、演奏中の寝落ちは激減しました。ちなみに保険診療の対象です。

Profile
池田卓夫(Takuo Ikeda)

1958年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、日本経済新聞社に入社。88〜92年のフランクフルト支局長当時、「ベルリンの壁」崩壊や旧東西ドイツを現地から報道した。93年に文化部へ転じ、95〜2011年は同部編集委員。その後、デジタル編集本部を経て、フリーランスとして活動。音楽執筆(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗)、プロデュース、解説MC、コンクール審査などで活動する予定。12年に会津若松市で初演(18年再演)したオペラ《白虎》のエグゼクティブ・プロデューサーを務め、三菱UFJ信託芸術文化財団の佐川吉男賞を受賞。東京都台東区の芸術文化支援制度アートアドバイザーも務める。