フアン・ディエゴ・フローレス(テノール)| いま聴いておきたい歌手たち 第1回

text:香原斗志(オペラ評論家)

C)Manfred-Baumann

いまも維持される超人的技巧とエレガンス

オペラは奥が深い。総合芸術だから音楽にとどまらず、色恋沙汰の料理の仕方とか、舞台装置のでき具合だとか、幅広く興味をそそられる。とはいっても、「セリフが歌われる音楽劇」である以上、舞台や演奏に満足できるかどうかは、とどのつまり歌手次第である。

天賦の楽器、すなわち恵まれた肉体を磨きあげ、鍛錬を重ねた歌手の声は、それ自体に魅了される。かつて三大テノールが世界的ブームを呼び起こしたのもそのためで、オペラ道楽の原点は、よい歌手との出会いだといえる。ただし一筋縄にはいかない。オペラは時代や作品によって求められる声も歌唱テクニックも異なり、クルマに喩えるなら、フェラーリでオフロードを走っても楽しくないし、壊れてしまう。

肝心なのは、魅力的な歌手と出会い、その持ち味を知り、それが引き出されるのを楽しむことで、この連載が一つの道標になればと思う。日本では無名の歌手も積極的に紹介していくが、初回はあえて大歌手を取り上げる。ペルー生まれのテノール、フアン・ディエゴ・フローレスである。

直近では、メトロポリタン歌劇場でヴェルディ《ラ・トラヴィアータ(椿姫)》のアルフレードを歌ったのを、ライブビューイングで観た人もいるだろう。スタイリッシュでノーブルな歌唱だったが、実はかつてのフローレスは、「アルフレードは音域が低いから歌わない」と明言していた。私も歌わないほうがよいと思っていた。この歌手の持ち味は、細かいパッセージを敏捷に歌うアジリタの抜きん出たテクニックや、エレガントなフレージング、洗練された優雅な響きなどにある。中音域での力強いレガートを求められるアルフレードを歌えば、彼の美点が損なわれかねないからだ。

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